恋海二次小説[2]

□夏祭り[5]ヨーヨー釣り
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〇〇は相変わらず、懐かしい露店をきょろきょろ見回しては表情を輝かせている。

そんな〇〇の喜んで楽しそうにしている様子を、傍らで見ているのはシンにとっても内心悪い気はしない。

しかし、どうにもこうにも危なっかしいことこの上ないのだ。

忙しなくあちらの屋台、こちらの屋台と気をとられている〇〇は、行き交う人とぶつかりそうになったり、履きなれない下駄でつまづいたり。

その都度、〇〇を自分に抱きよせて接触しそうになった通行人から庇ったり、危うく転倒しそうになったところをその細い腰を腕で抱えて支えてやったり。

最早シンの関心は祭りに居並ぶ露店などにではなく、〇〇に全て向けられていると言っても過言ではなかった。

「わあ!ヨーヨー釣り。色んな柄が可愛いですね」

〇〇が覗きこんだ露店には、水に浮かんだ色とりどりの風船が浮かんでいた。

「風船の中に入ってるのは水か?」

「はい。勢いよくぶつけると破裂して水浸しになっちゃったりするんですよね」

〇〇が懐かしそうに見ている先では、幾人もの子供がそれぞれ狙いの模様の水風船を釣り上げようと躍起になっている。

首尾よく釣り上げて獲得できた子供達は、早速勢い込んで水風船で遊びだす。

シンがその光景を見るともなしに見ていると、水風船にはゴムでできた紐が結ばれていて、それを自分の指先に結んで弾ませるのを楽しむものだとわかった。

「わっ!」

後方から突然あがった子供の声に、〇〇が何だろうと振り向いて、驚きの声をあげる。

「きゃっ…」

子供の一人が弾ませていた水風船が、手からするりと抜けて勢いよく〇〇めがけ飛んできたのだ。

〇〇は咄嗟に目を閉じてぶつかるのを覚悟したが、シンが素早く彼女の前に片腕を差し伸べて難なくそれを受け止めた。

上手く衝撃を殺して手に収めたので、破裂することもなかった。

「ごめんなさい!」

謝りながら駆け寄って来た子供に、シンは水風船を渡してやった。

元気よく礼を言いながら戻って行く子供を見送りつつ、〇〇はほっと息をつく。

「ありがとう、シンさん」

「お前は相変わらず、鈍くさいな」

「う…」

確かにシンのように咄嗟に行動できなかったのは確かなので、〇〇には言い返す言葉もない。

その時、覚えのある声が賑やかに行きかう人混みを割って聞こえてきた。

「よう、お前ら。楽しんでるか」

リュウガが雑踏の中を悠々と歩きながら、〇〇とシンの二人をどこか冷やかす様に視線を投げてくる。

「はい!」

〇〇は素直に尋ねられたままに頷いたが。

リュウガの出現に、シンは何か妙な事や面倒な事を言いだされでもしないかと、少々警戒をもって身構える。

そして、更にシンの歓迎しない新たな声が加わった。

「おーい、〇〇。シンに、船長も」

「まさか、3人でお祭り廻ってるんですか?」

ハヤテとトワが目敏くも〇〇達の姿を見つけて、混雑する通行人達をかきわけて傍にやって来た。

「今、船長と会ったところだ」

不機嫌そうな声でトワに反すシンには、何故3人で廻らねばならないのだ在り得ないという様子が言外に滲んでいる。

「おう!俺もヤボじゃねえからな」

なんら頓着することなくガハハと豪快にリュウガが笑うのに、シンは舌打ちをしたくなった。

「お!ここにもヨーヨー釣りあったんだ」

どうやら別の露店で釣り取ったらしい水風船を、ハヤテは戯れに手で弾ませながら歩いているようだ。

「子供か」

お面やら、水風船を楽しそうに携えているハヤテとトワの様子に、シンが呆れる。

「いいじゃねーかよ!折角の祭りなんだぜ」

ハヤテがムキになって、勢いよく水風船を弾ませた瞬間に、ブチッと音をたててゴムが切れた。

「うわっ!?」

「わあっ!」

「おっと」

勢いよくハヤテの手から、放物線を描いて飛んだ水風船は、リュウガがひょいっと片手で捉えた。

一方水風船を繋ぐゴム紐が切れた瞬間に、シンはさり気なく〇〇を自分の後ろに引きよせて庇っていた。

自分達の立ち位置が、水風船が飛んでくるであろう射程外なのも分かってもいたので、万が一の用心の為だったが。

「ハヤテ、人混みの中で気をつけろよ」

リュウガに言われて、ハヤテは罰が悪そうに「すんません」とごもごもと謝った。

「へえ…しかし」

何やら、リュウガが手にした水風船を握りながら、意味あり気にニヤニヤしだす。

「掌に収まる大きさといい、弾力といい。結構玄人好みしそうな…」

また、始まったと。

リュウガの台詞の意図するものを察したシンが、遠慮なく眉を顰めた。

「船長、なんか水風船を揉む手つきが…」

ハヤテも微妙な面持ちで絶句しだす。

見るものが見れば、明らかに妖しい手つきで、リュウガは水風船を何度も握る。その度に中の水がタプンタプンと音をたてて揺れる。

「えーっと」

トワが少し頬を染めて、ちらりと〇〇を心配そうに窺うと、彼女は一人不思議そうにリュウガを見ていた。

〇〇と目の合ったリュウガが、更にシンからすると悪ノリとしか思えないことを言いだす。

「大きさ的には…〇〇と同じくらいか。弾力は…シンじゃねえとわからないから、何とも言えねーがな」

「船長」

ついにシンが、低く怒りの籠った声と眼差しでリュウガを制してくる。

自分の恋人の身体を他の男に想像されるなど、とてもじゃないがシンには許せる事ではない。

「冗談だ、冗談」

ハッハッハッとさも愉快そうに笑って、セクハラ発言は止めてくれたが。

何ら反省等していないであろうことは明白だ。


自分の女を好色な話題の引き合いに出されてはたまったものではない。

一刻も早くシンはこの場から〇〇を連れ出したかった。

「行くぞ、〇〇」

「あ、はい」

カランコロンと下駄の音を響かせて〇〇がシンの後をついてくる。

誰にも見られないように、閉じ込めてしまえたらどんなに楽だろうかと。

今シンが己の手の中に閉じ込めていられるのは、〇〇の小さく温かな手だ。

その〇〇の指が、きゅっとシンの握る手に力を入れて来た。

それにつられてシンが〇〇に視線を向けると、彼女は嬉しそうに「えへへ」と笑いかけてきた。

「何を間抜け面をさらして、笑っている」

「間抜けって…。だって、シンさんと一緒にお祭り廻れるの、嬉しいなあって」

シンの気持ちを知ってか知らずか、いや、まず知らないだろうが、〇〇の真っ直ぐなシンへの思いは相変わらずで。

「まあ、これだけで勘弁してやるとするか」

「へ?」

シンは、自分の掌の中に確かにある存在を感じながら、苦笑した。


End
 

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