恋海二次小説[2]
□夏祭り[6]お化け屋敷
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「うわあ。怖そう…」
ドクロや目の飛び出た死人が描かれた看板、毒々しい血糊をべったりつけたリアルな人形が入り口前に飾られているお化け屋敷を目にして、〇〇が恐々と声をあげた。
「馬鹿げた茶番にしか見えないがな」
「もうっ!シンさんったら」
〇〇がぷうっと頬を膨らませて、シンを小さく睨んでくる。
睨むと言っても全く迫力はない。
小さな動物が無駄な威嚇をしてくるのと同じで、寧ろ可愛らしい。
「身の安全を約束された上で、スリルを楽しみたいんですよ」
「理解しかねるな」
シンは全く興味がないという風情だ。
「大体怖いくせに、何故入りたがるのかわからん」
「…そりゃ、シンさんは本物の幽霊さんにも怖がられますもんね」
折角一緒に祭り会場を廻っているのだから、少しは自分と楽しんでくれてもいいのにと。
〇〇は相も変わらず素っ気なさすぎるシンに、ついつい憎まれ口をきいてしまった。
「ほお」
ニヤリと、シンが片方の口の端を綺麗に吊り上げた。
一体どんな辛辣な言葉で責め立て追い詰められるのかと、〇〇はビクッと身を竦める。
しかし。
「入るぞ」
「…え?」
シンがお化け屋敷にさっさと足を進めて向かって行った。
「あ、あのっ?…うきゃっ!!」
早々と歩き出したシンの後を急いで追いかけた〇〇は、お化け屋敷の入り口で急に立ち止まった彼の背中にぶつかってしまった。
「いたた」
「ほら、お前が先に行け」
ぶつけた鼻を両手で押さえた〇〇に、シンが顎で促す様に指し示す。
「え?」
シンとしては、己の後を追う彼女を考慮した速度で足を止めたので、そうも強かに鼻を打ってはいないだろうと知れるので。
敢えて背中に〇〇がぶつかって来た事は構わずに話を進めた。
「本物にも怖がられる俺が先に行ったら、折角のスリルをお前は味わえないだろうからな」
「え…」
皮肉な笑みでそんな事を言って来るシンに、先程の〇〇の憎まれ口への仕置きなのだとわかった。
「どうした?お前の希望を尊重してやってるつもりだが」
「…」
「スリルを味わいたいんじゃなかったのか?入らないなら、別に俺はここで帰っても一向に構わないが」
過程はどうあれシンと一緒にお化け屋敷に入れるのは嬉しいかなという気持ちがあった〇〇だったのだが。
シンには特に自分と一緒に祭りを楽しみたい等という気持ちはないのだと、この場もあっさり帰る意を示すシンに、なんだか〇〇は悲しいような憤るように気持ちになってしまった。
「わ、わかりました!私が先に歩きます!」
シンには特に従順な〇〇が、やりとりの弾みでこんな風に彼女の併せ持っている気の強さをあらわしてくる事が稀にある。
それも実はシンにはとっては愉しかったりもする。
勇み足を作ってシンの前を進み出す〇〇に、シンは堪え切れず笑ってしまった。
「やっぱり、お前は面白いな」
「うーっ」
「犬かお前は」
シンが〇〇を揶揄する声にはずっと笑いが籠っている。
しかし振り向けば、意外にも優しい目が自分を見降ろしていることを、〇〇は知る事ができたのだが。
ムキになって前に進まんとしている〇〇は、目の前に広がる暗闇の中で待ちうけているであろう恐怖の展開の事で頭が一杯であった。