恋海二次小説[2]
□うさぎを食べるのは狼の役目
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「シン、お前が…。なんか意外だな」
船内の廊下で、すれ違いざまにハヤテが俺に言ってきた。
「なんのことだ」
「さっき甲板の隅でよ、船長とあいつがなんか話し込んでて」
あいつと言うのは、このシリウスの海賊船に間抜けにも酒の樽に入ってやってきた、あいつの事だろう。
「お前、まだ手出してなかったんだなあ」
ハヤテが意外そうに、しかしどこか面白そうに言うのを、俺は不快さを隠さずに睨みつけた。
「なんの話だ」
どうもハヤテは、俺とあいつの事に口出しをしてくる。
頭の中身は剣と食い物だけで詰まってて、恋愛事なぞには興味のない奴だと思っていたのだが。
俺があいつと一緒にいるのを見つけては、よくからんで来た。
まあそれは、結局俺があいつと落ち着くところに落ち着いた時点でなくなったものの。
そもそも、今言ってきている事の原因の一端には、ハヤテとトワの毎晩のような、俺とあいつの部屋への訪問もあるんだが。
「立ち聞いてたら途中で船長に気付かれて、追い払われたんだけどよ。あいつに船長が相談に乗ってたみたいで…」
「甲板だな」
ハヤテの話を全て聞かずに、俺は甲板に向かった。
一体、あいつは船長相手になんの相談をしてるんだ。
甲板の一角、人気のない物影…そこに探す2人がいた。
船長、少し近づきすぎじゃないか。
「そんなに手を出さねえとは。あのシンにしては、ずいぶん珍しいな」
船長の声が聞こえる、一体俺をどういう人間だと思っているんだ。
妙な事を吹き込まれてはかなわない、とっとと割り込んであいつを連れ出そうと思ったが。
「やっぱり、私が子供だからそんな気になれないんでしょうか」
相愛になったばかりの恋人が口にする悩み事に、思わず息をのむ。
毎晩の俺の複雑な思いなど全く知らないのだろう。
肩を落として、しょんぼりとしている様子は、まるで迷子の子犬のようだ。
そんな頼りない様子を、船長の傍でするんじゃねえ。
「あいつの事だからな。いざとなったらヴァージン相手が面倒になったとか」
あの人は、一体何を言い出すんだ!
思わず湧いた怒りとイラつきで、俺のこめかみはひくつく。
あいつが船長の言い様に、驚いて目を見張っている。しかも少々顔を青ざめさせて。
おい、船長なんぞの言う事を本気でとるんじゃねえ。
「よし!なんなら、俺がお前の最初をもらってやろうか」
さもいい事を思いついたと言う船長に、俺は懐の銃に手を伸ばした。
一方あいつは、俯いて考え込んでいる。
まさか、真に受けてんじゃねえだろうな。
馬鹿か、あいつは。
今度こそ、この場から連れ出そうとした瞬間。
「私は、シンさん以外の人となんて考えられないです」
そう言ったあいつの目には、迷いは見えなくて。
その言葉と姿に、思わず魅入られたように、立ちすくんでしまった。
しかし、更にくじけず船長があいつに言う。
「それじゃ、一生手つけてもらえねえかもしれねーぞ」
ああ、もう撃ち殺してしまおうか。
あの人が船長でなければ、何のためらいもなく引き金をひけるんだが。
セクハラ以外の何ものでもない船長に、あいつは顔をあげてにっこりほほ笑んだ。
だから、顔が近すぎだろう。
「でも、シンさんの事だけでいっぱいなのが私ですから。それだけは変えられないです」
「一生、手出してもらえなくてもか」
「はい」
そこで、船長が隠れて伺っている俺の方に、ニヤリと笑いながら視線を向けた。
俺が聞いていたのを、知ってたな。
「他の奴に、手出されないように気をつけろよ」
その台詞は、明らかに俺に向けて言ったものだ。
一方あいつにとっては脈絡がわからないのだろう、船長の発言にきょとんとしている。
「船長に言われたくないですね」
「シ…シンさんっ!?」
あいつは、突然現れた俺に驚いて飛び上がった。
みるみる真っ赤になっていく頬をおさえながら、あいつは焦りの声をあげてくる。
「いつから、いたんですかっ!?」
「さあな」
俺への問いを、そっけなくかわして、船長に視線を向け直す。
「こいつは、俺の女ですから。手出し無用で願います」
「なら、とっととものにしちまえ。じゃねえと、あきらめがつくもんも、つかねえ奴もいるんだよ」
それが誰を指しての事かは、敢えて俺は追及しなかった。
「行くぞ」
俺と船長のやりとりの内容が全くつかめずに、困ったように見上げていたあいつの肩を抱いて、その場から立ち去る。
小さな肩から俺の手のひらに伝わる体温、それだけで俺がどんな思いを抱いてしまうか、こいつは全くわかってないんだろうな。
「お前は、一体なんの相談を船長相手にしてるんだ」
「すみません。なんだか話の流れでいつの間にか」
恥ずかしさが去らないのだろう、相変わらず頬は赤く染まったままだ。
ちらちらと、俺になにかを尋ねたそうにしている様子に、さっきのこいつの焦った台詞を思い出す。
俺にどこから聞かれたのか、気になってしょうがないのか。
「まあ、熱烈な告白も聞けたことだしな」
案の定、俺の言葉にはねるように反応をかえしてくる。
見下ろすこいつは、もう耳たぶやうなじまで赤い。
「褒美に、お前の悩みが全く意味のないものだと、わからせてやる」
意味深に耳元で囁いてやって、揺れる大きな瞳をのぞきこむ。
「シンさ…」
戸惑う声は、俺があわせた唇の中に吸い込まれるように消えた。
うさぎを食べるのは狼の役目
「本気で子供だなんて思ってたら、悩まねーよ」
タイトルは配布元:love is a moment
さんよりお借りしました。
『可愛い恋で五題』より。