恋海二次小説[2]
□わざと遠回りした帰り道
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物資の補給の為に立ち寄った、とある港町。
私は故郷の風景と比べて、同じ港町でも違うものなんだなあと、当然のことをぼんやり考えながら船に戻るための道を一人歩いていた。
買い忘れたものがあったけれど手の離せないソウシ先生の代りに、メモに書いてもらった指定の薬草を無事買い込んで、その帰り道。
漂う潮の香りは私の住んでた港町と同じだな、でももう覚えてないだけで微妙に違うのかななんて、とりとめいことを考えていたら。
気がつけば、道に迷ってしまっていた。
「うーん」
数刻前には食材の買い出しに来たのだし、道順は大丈夫と油断していたのが悪かったのだろうか。
さっきからぐるぐると、何度も同じ場所に出てしまっているのは…気のせいではないと、これで3度は見覚えのある店の看板を前に、私は途方に暮れる。
一人で船から出かけようとした時に、シンさんからは出航時間に遅れたら容赦なく置いてくぞなんて脅されている。
いや、あながち脅しだけでなく、本当に置いて行かれそうで怖い。
「は、早く戻らないと…」
私を置いて行ったところでシンさんにしたら、やっと一人部屋に戻ったなんて清々とさえするんじゃないだろうか。
なんだかそんな事を考えると、段々憂鬱になってきてしまって。
一度考え出すと止まらなくなってしまって。
いけない、いけない。
余計なこと考えてたら、また道に迷っちゃう。
「よし、今度はこっちの道に行ってみよう」
「馬鹿、そっちじゃない」
急に腕をとられて、驚きながら聞き覚えのある声を振り向いて見る。
「シンさん!」
「案の定迷子か。お前の言動は本当に予想がたやすいな」
呆れたように溜息をつかれて言われるけれど。
「もしかして、探しに来てくれた――――とか」
途端にポカリと頭を叩かれた。
「いたっ」
「人に面倒をかけさせて、何嬉しそうにしてやがる」
乱暴な態度に、素っ気ない言葉だけれど、言われてみれば確かにもっともと思えたので。
「すみません」
私はすんなり謝った。
「大体、一度歩いた道を何故迷うんだ」
全くもって理解できないとばかりにシンさんは言うけれど。
一度歩いただけで道順を把握できる方がむしろ少数派なんじゃと、言いたいところを思うだけにとどめておく私。
「置いてくぞ」
さっさと背中を向けて、シンさんがスタスタ歩いて行く。
港に向かって歩く私達の先を越すように、海鳥たちが沢山飛んで行くのが見えた。
漁から戻って来た船からのおこぼれにありつける事を期待して、海鳥達が港に向かう光景はヤマトでもよく見たなあと。
「あれって、カモメですかね」
「ああ?」
こういうシンさんの返答にも幾分か慣れて、私は怯まないで話を続けれるようになっている。
「いえ。なんとなく、同じ港町でも景色は大分違うなあって思ってたんですけど」
今度はシンさんは黙って聞いてくれているようで、もしかしたら聞き流してるだけかもしれないけど、とりあえず私は先を続ける。
「でも、カモメの姿は一緒かなあなんて」
なんとなく沈黙を避けるために、他愛もない話題のつもりだったんだけれど。
シンさんが立ち止まって、後ろの私に顔を傾けて眼帯じゃない方の目を向けた。
「ホームシックか」
多分そういう訳ではないのだけれど、そうなのだろうか。
見慣れぬ街並みに故郷との共通点を探して、見つからなくて、そんな内に道に迷って。
先刻まで、なにか寂しい気持ちがじわじわ湧いていたのは確かだけれど。
「ホームシック…なのかな」
「聞いてるのはこっちだ」
はあっとシンさんが息をつくのが耳に届いて、かと思ったら急に方向を変えて歩きだす。
それは海とは反対側に続くように見える坂道、迷いなく前を歩くシンさんに私は着いて行くだけなのだけど。
私には港への方向に思えないのだけれど、シンさんが道を間違うはずはないし、意味のない行動をする人でもない。
なのでシンさんの背中だけを目印に、段々勾配が急になっていく坂道を後を追って歩いて行く。
坂を登り切ったところで、ふとシンさんが足をとめて私を振り向くと、早く来て見ろというように顎で前方の景色を指し示した。
やっとこさでシンさんに追いついて隣に立つと、坂の上からは丘が広がっているのが見渡せて、そこには一面の淡いピンク色の花を咲かせた木々達でいっぱいだった。
「桜!?」
「いや。これはこの島の特産で、アーモンドの木だ」
言われてみれば確かに、桜よりその花はちょっと大きくて色が濃いけれども。
「でも、すごい!ヤマトの桜とそっくりですよ。今まで全然気がつきませんでした」
「これは、ここまで登って来ないと見れないからな」
潮の香りがさっきより薄れていて、そのかわり咲き誇る花達からの甘い香りが漂っている。
「ありがとうございます」
ヤマトの桜の風景とよく似た、異国の景色。
シンさんがわざわざ私に見せるために、連れて来てくれた事が嬉しくて。
「ふん。帰るぞ」
今来た道を振り返ると、続く下り坂の向こうには海が広がり、水平線に近づく太陽に照らされた雲が、オレンジ色に染まりかかっている。
遅まきながら私が包まれていた寂しさは、シンさんが迎えに来てくれた時点で、どこへやら消えていたことに気がつく。
今さらホームシックじゃなかったみたいです、なんて言ったら怒られるかな。
船に戻ると当然と言えば当然だけど、出航の予定時間は過ぎてしまっていて、慌てて皆に謝る私に「そもそも私が買い忘れたせいだから」とソウシ先生までもが申し訳なさそうにしていた。
でもその後こっそり、ソウシ先生が私に耳打ちしてきた。
「シンがね、ずっとちゃんと帰って来れるかって心配してソワソワしてたんだよ」って。
わざと遠回りした帰り道
「やっぱり側に置いておくと、可愛くなるものなんだね」
「ドクター、何か言いましたか」
タイトルは配布元:love is a moment さんよりお借りしました。
『可愛い恋で五題』より。