恋海二次小説[2]
□cutie-pie
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寄港した街中でトワが見つけた、可愛らしい佇まいの赤いレンガでできた小さな店。
新装開店とのことで、ビラを配っていた。
気になってなんの店なのかと、通りがかったトワがビラを受け取って確認したところ、ロールケーキ専門の菓子店だった。
店で売られている色んな種類のロールケーキがそのビラには書かれていた。
「へえ。折角だし、皆さんの分も買って帰ろうかな」
丁度本日はリュウガから船員達に給料との名目で、自由になるお金が振舞われている。
「いつも〇〇さんも美味しいお菓子、皆に買って来てくれるし」
トワが店の扉を開けると、カランカランと可愛らしいベルの音がなる。
様々なフルーツを使った、見るからに美味しそうなロールケーキ達。
見ているだけで心が浮き立ってきそうだ。
目移りしながらトワは、船員達の好みを考えながら、じっくり選んでいった。
そして、シリウスの船の食堂のテーブルの上にずらりと並んだ種類豊富なロールケーキの数々。
「すげー量だな」
ハヤテが嬉しそうに目を丸くしている。
「どれも美味しそうで選べなくって。結局全種類一本ずつ買って来ちゃいました」
確かにどれもこれも美味しそうだ。
「へえ、抹茶に小豆クリームかあ。ヤマトのお菓子風だね。〇〇ちゃん喜ぶんじゃない?」
ソウシがひとつずつ種類を確かめながら見て、その中のひとつを指して言う。
「えへへ。そうだと嬉しいです」
〇〇の喜ぶ顔を思い浮かべると、トワも楽しみになる。
それらのロールケーキをナギが均等に人数分に綺麗に切り分けた。
「小皿が足りねえな」
「俺皿なんていらねーし」
切ったばかりでまな板の上にのったままのロールケーキの一切れを、ハヤテがひょいっとつまんで口に放り入れた。
「おい、ハヤテ」
「ふぶ、ほべふべー」
咀嚼しながら、恐らく味の感想を言うハヤテをナギが一言諌める前に、シンの機嫌の悪い声が割入る。
「相変わらず、野生の猿並みの行儀の悪さだな。いや、それとも猿以下か。食い意地の張った汚らわしい口と指を削ぎ落してやろうか」
またもやシンとハヤテの一触即発の事態が勃発かと思いきや、ソウシがやんわりと間に入った。
「シン、機嫌が悪いね。もしかして船長が〇〇ちゃんを連れ出しちゃってるからかな?」
悪気など一切見てとれない柔らかい笑みで言うソウシを、シンが嫌そうに横目で見た。
「寧ろ面倒から一時とは言え解放されて、清々してますよ」
「ふうん?」
〇〇もリュウガから給料を貰っていたが、慎ましい彼女はいつも必要最低限の生活必需品と、皆で食べる為の菓子類など買うにとどまっている。
今日はリュウガが、たまには女らしい服でも買ったらどうだと、辞退しようとする〇〇を強引に引っ張って街に向かっていたのだった。
悪いが借りるぞ、とリュウガがシンに向かってわざわざ言い残して〇〇を伴って街に向かって行ったのを、シンは思い返す。
借りるもなにも、そもそもリュウガから命じられて仕方なく自分は〇〇の世話を見ているのだと、シンは心の中だけで舌打ちをした。
甲板の方に視線を向けたナギがボソリと呟く。
「…遅いな」
「そうですね」
トワが船長達の事だと察して相槌を打つ。
彼らが帰り次第出航することになっているのだ。
「船長が変な店に連れ込んでないといいけど」
ソウシが何故かシンに向かってそんな事を言って来る。
「ファジーも一緒なんですから、大丈夫でしょう」
「ああ、そうだったね」
とってつけたように笑って言うソウシが意図するところは一体何なのか。
シンの不興の念など全く気付かないように、ソウシが食堂の椅子代わりの樽に腰を降ろした。
「まあ、お茶でもしながら待とうか」
「そうですね。あ、ナギさん僕も手伝います」
最近はもっぱら厨房の手伝いをしている〇〇がいないので、トワが気づかってナギに申し出た。
各人が好む飲み物を準備して、大皿に盛られたロールケーキをトワが慎重に運ぶ。
「男だけのお茶の時間って、久しぶりだね」
緑茶を手にしたソウシが食堂に介してる面々を見回す様に言った。
「意地汚いファジーの奴がいねえから、安心して食えるな」
「そう言いながら、僕のカップに手出さないで下さいよ。ハヤテさん」
ハヤテは自分の頼んだものと違う、トワのカップの中身も気になったらしい。
「ミルクティーかよ。トワお子様だなあ」
「そういうお前もカフェオレだろうが」
得意そうに言うハヤテにナギが呆れる。
ちなみにナギとシンはブラックのコーヒーだ。
「わあ!これ、すごい洋酒きいてますよ。船長が好きそうです」
「キルシュだな」
トワが食べているロールケーキを確認して、ナギが使われているリキュールを当てる。
サクランボを種ごと潰して発酵させて作る蒸留酒キルシュヴァッサーにダークチェリーを浸漬させて作ったリキュールだ。
「桜か」
ふいにシンの口から呟きが漏れ出た。
饒舌な〇〇がシンに話して聞かせてくる、彼女の故郷のヤマトの話。
その話題の中に、特にヤマトの人々にとっては愛着の深い花だと〇〇が言っていた桜。
キルシュという単語から連想された木の名を、何とはなしにシンは口にしていた。
「え?」
トワがシンの独り言のようなささやかな言葉を聞き返す。
「いや。なんでもない」
自然と〇〇の事を連想させてしまっていた自分に気が付いて、シンはそれを否定するようにトワの問いも素っ気なく遮った。
「一人一種類につき二切れまでだ。船長達の分はとっておけよ」
放っておくと遠慮なく食べ尽くしそうなハヤテに向かってナギが注意する。
「〇〇さんって、苺かなあ」
トワがほんわかとした笑みを口元に湛えながら、そう呟いた。
「は?」
ハヤテがキョトンとトワを見る。その間にも皿に伸ばす手は決して止めないが。
「あ、いえ。この苺のロールケーキ食べてたら、なんとなく思いまして」
「まあ、好きだとは言ってたな」
そう言うナギは、厨房での〇〇とのやりとりを思い出してでもいるのだろうか。
料理人としてナギは船員達の食の好みは網羅し把握しているし、そう努めている。
だから〇〇の好みだけをよくわかっているとかではない。
そうわかっているのに、何故かシンは少々不愉快な心持ちになる。
そして、そんな自分が更に不愉快になる。
近頃やたらとこんな事が多い自分が、シンは厭わしいとさえ思う。
…ったく、なんなんだ
シンは苦い気分を飲み込むように、コーヒーのカップに口をつけた。
「あ、好みとかもそうなんですが。〇〇さんのイメージが、苺とあってるかなあって」
トワがえへへと邪気なく笑って言う。
「へえ。トワは情緒豊かだね。確かに〇〇ちゃんの可愛らしい雰囲気が、苺にぴったりだね」
ソウシが微笑ましそうにトワに頷いて、少し思考を巡らしてから再び口を開いた。
「桃なんかも、甘くて柔らかくて美味しそうで、〇〇ちゃんのイメージじゃない?」
「っ…」
ソウシの台詞に、不覚にもシンが飲んでいたコーヒーをゲホゲホとむせ返った。
「ドクターが言うと…」
ナギも何か言いたげに、しかし口を噤む。
「やだなあ、シンもナギも考え過ぎだよ」
涼やかと言ってもいいソウシの微笑みが、一層に胡散臭いと思ってしまうのは、矢張り考え過ぎなのだろうか。
大人の意味深さなど思いもつかないハヤテとトワは3人のやりとりに不思議そうだ。
「じゃあ、えーっと。他にはサクランボとかどうだ」
「ハヤテさんにしては、可愛らしい連想しましたね」
「なっ、どういう意味だよ!トワ」
本気で驚いているトワに、ハヤテが問い質そうとしたところに、シンが皮肉な笑みで会話に混ざった。
「ハヤテ、お前はさぞかしバナナか」
「あ?俺?まあ、バナナ好きだけど」
「猿には嫌味も通じないか」
「はあ?なんだよ嫌味って、お前が嫌味な奴だってのは充分知ってるっつーの」
「まあまあ。それよりナギはどう思う?」
一見仲裁するかのようなソウシを、シンは忌々しく見た。
〇〇の好きな果物ではなく、〇〇をイメージするところの果物に話の趣旨が変わっている。
〇〇について個々が思いを馳せて語られる、どことなく意味深いその話題に、シンは何故か苛々してしまっていた。
だからその会話の流れをシンとしては変えたかったのだが、ソウシによって再び戻されてしまった。
しかも話の矛先をナギに振ってみせるソウシに、シンは思わず眉間を寄せる。
「…」
突然のソウシの問いかけに、ナギは無言のまま。
「ナギ兄、何もそんなに真剣に考えこまねーでも…」
腕を組んで深く考え込むナギの難しい顔を見て、ハヤテが何故そこまでと突っ込んだ、その時。
「おう、お前ら!遅くなって悪かったな」
豪快なリュウガの声が食堂に響いて、微妙に固まっていた空気をあっさりと砕いたことに、シンは密かに安堵の息をついた。
End