過去拍手掲載物

ハートの行方
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そうかこれを作る為に、○○はわざわざ厨房から席を外したのかと。

ナギは大きな、自分の誕生日の為に作られた、○○手製のケーキをしばし感慨深く見つめてしまった。

「時間があったら、もっとちゃんと用意したかったんですけど」

申しわけなさそうに小首を傾げて、はにかんだ笑みを向けてくる○○の姿は可愛らしくて。

こんな彼女が、自分の誕生日を祝う為の贈り物を今日作っていてくれていたのだと、自覚をすればひどくくすぐったい思いがナギに生じて来る。

「いや…。その…サンキュ。旨そうだ」

座っているナギが、目の前の○○を見上げてぎこちなく礼を言えば、彼女の瞑らな双眸と目があって。

ナギを包む空気が、一気に甘いものになった気がした。

○○に続いて、シリウスの面々のそれぞれからナギへの祝いが渡される。

それらを、こそばゆい気持ちで、しかし相変わらずの無表情でもあったりするのだが、ナギは受け取って行った。

折角○○が作ったケーキだ、ナギは頃合いを見て、それを切って振舞う為に席を立とうとした。

そこを、いつの間にか隣に来ていたシンに遮られる。

「お前は、今夜の主賓だろう。俺が切ってきてやる」

○○が来るまでは、一向に厨房の仕事などこなすことのなかったシン。

しかし、ナギが不覚にもひどい風邪に伏せった時などは、シンが○○よりも手際よく船員達の料理を作ったらしい。

シンと一緒にお節を作りたいという○○に、苦笑しつつも仕方ないと、年に一度の事ならと厨房を貸してやれば、シンはヤマトの料理も手際よくこなしたと言うし。

そんな経緯を何となく思い返して、ナギは思わずシンに、胡乱な視線を向けてしまう。

「なんだ」

「いや…じゃあ、頼む」

たかがケーキを人数分に切るだけだ。

そんな事にどうこう言う事ではない。

しかし、シンが切ったケーキを手にして宴の席に戻って来たのを見て、その切り方にはどうしても作為を感じて仕方がなくなった。

確かにナギも、自分の名前の後に作られた、○○の描いたハートのマークにはひっそりと面映ゆい気持ちになった。

若造でもないのに、こんな気持ちになるのは居心地が悪くもありつつも、どこか気持ちが浮き立つのも本音で。

そして、シンは見事に器用に、ナギの名とそのハートの形を別に切り分けて来た。

綺麗にきっかり、不自然さに騒がれないように公平的な等分だ。

その完璧さにこそ、シンの作為と…○○に向けてふんだんに溢れて止まない彼の嫉妬と独占の感情が見え隠れしてしまう。

そう思うのは、シンと同じ女に恋い焦がれて止まない自分だからなのだろうかと。

シンの大人としてあるまじき、心の狭さに気がついてしまえると言う事は。

自分の中にも、ひょっとしたらそんな素養があるのだろうかと。

ナギは、誰にも気がつかれぬ冷たい汗が背中を伝う様な気がした。


End
 

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