恋海二次小説[1]
□My Girl 《1》
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「きゃああああっ!?」
船内に〇〇の声が大きく響いた途端に、何事かとシンが駆け付ける。
「〇〇!どうし…っ」
声が発せられたと思しきシンと〇〇の部屋の扉を蹴破るような勢いで開けると…。
「え…っ…〇〇?」
シンの目の前には予想していた〇〇の姿はなく、かわりに小さな女の子が床にうずくまっていた。
その顔立ちは、〇〇の子供の頃ならこうだろうなと思わせるもので、しかも〇〇が着ていたはずの服をぶかぶかと纏っている。
どんな不測の事態でも取り乱すことのない優秀な航海士が、かつて見せたことのない茫然とした態で扉を開けたまま立ちすくむ。
「シンさん…」
見覚えのある大きな瞳が困惑でいっぱいになってシンを見上げている。
そのシンの名を呼ぶ姿は、紛れもなく〇〇としか思えない。
…いや、しかし。目の前にいるのは、どう見ても小さな子供だ
混乱から立ち直れないシンに近寄ろうと、その子供の姿が立ち上がる。
その拍子に体に見合わない大きさの服が滑り落ちて上半身が顕わになりそうになってしまうのを、半ば条件反射でシンは落ちかけた服をあげて小さな体を隠す。
「おい、なにが…!?」
厨房にまで届いた〇〇のただならぬ悲鳴に、ナギも何事かと駆けつけてきた。
すると、目の前には小さな子供…きょとんとナギを見上げるその表情は〇〇そっくりだ。
そしてその子供の横にはかがむようにして、見ようによってはその服に手をかけようとしているシンの姿。
「シン…手前え、なにしてやがる」
ナギの目がすうっと細められ物騒な光をたたえた視線がシンに向けられる。
「おい、ナギ。変な勘違いするんじゃねえ…」
どうやらなにか不穏な誤解をしているらしいナギに、シンが低く否定の声を出す。
男二人の間に走る妙な緊張感を霧散させたのは、〇〇そっくりの子供が発した台詞だった。
「どうしてシンさんもナギさんも背が大きくなってるんですか?あっ…家具も…」
きょろきょろと不思議そうに周囲を見ながら言うのに、信じがたい気持ちでしかし半ば確信を持ってシンが尋ねかえす。
「お前、〇〇か?」
「はい…あれ…?」
自分の体を見降ろした〇〇は、自分の手や足などが小さい子供のものなのに気がついたらしい。
小さな手をにぎにぎと開いたり握ったりしながら凝視している。
「一体、なにが起こってんだ」
「それは、俺が聞きたい」
矢張りらしくもない茫然とした声でナギが呟くのに、シンも返す。
「どうしたんですかっ…あれっ!?なんで子供が…まさかシンさんと〇〇さんの…」
「おいっ、敵でも入り込んで…おわっ!?ガキがいるっ!シンの隠し子っ?」
慌ただしく駆けつけたトワとハヤテが、船内にいるはずのない子供の姿を見つけて騒ぐ。
「お前ら、ろくに働かない頭なら不要だろう。打ち砕いて海に捨ててやろうか」
二人に向かってシンが銃を向けかけた時、他の面々も何があったのかと集まって来る。
「一体何事だいっ!?あれ…その子は…」
「悲鳴が聞こえたけど…〇〇ちゃんに何か…」
「おおっ!?なんだ、誰のガキだ?」
ファジーやソウシ、リュウガもシンの隣にいる小さな子供を見てその存在を尋ねてくる。
「あのっ…もしかして、皆さんが大きくなったんじゃなくて…私が小さくなっちゃってるんでしょうか?」
恐る恐る言い出した子供のその様子は、紛れもなく〇〇のもので、一同に驚愕が襲ったのだった。
いち早くソウシが、〇〇の足元に転がっている小瓶に気がついて拾い上げる。
「〇〇ちゃん、これは?」
「あっ、あの。昨日寄った港町の露店で買ったんです」
「もしかして、今これを飲んだの?」
〇〇がソウシの質問に頷く。
「お前は何を買ったんだ、一体」
シンが〇〇を問いただす声は、すっかり説教モードだ。
「ええと…魔法の薬って露店の人が言ってて…」
「はあ?魔法!?」
一同が同時に声をあげる、その響きには何故そんな露骨に妖しいものをというのが含まれている。
ソウシが瓶をしげしげと見た後、用心深く匂いを嗅いで確認するが、全くなんの薬か見当がつけれないのに眉をひそめる。
「〇〇ちゃん、なにに効く薬なのかはお店の人言ってた?」
「ええっと…」
〇〇が、何故か顔を真っ赤にしてもじもじと俯いてしまう。
「…そうだね。他に体に異常がないかも診察した方がいいし、医務室に行こうか。とりあえず、皆は持ち場に戻って」
大勢の前では言いにくいこともあるのだろうとソウシが〇〇の様子に人払いをしてくれる。
「おい、ソウシ。幼女の〇〇で危ないお医者さんごっことかするなよ」
「船長、怒りますよ」
リュウガが笑いながら言ってくるのに、ソウシは半ば本気の不快な怒りを見せて払いのける。
ソウシは、れっきとしたこの船の医者なのだ。
自分の仕事を揶揄するようなリュウガの言葉は我慢ならない。
確かに〇〇に対して特別な感情が全くないとは言えないが、船医としての職務を乱用すると思われるのは心外だ。
「ドクター、自分が同席しても?」
シンが〇〇の子供になった小さな体を、纏った大きすぎる服がはだけてその肌が見えてしまわないようにと用心深く布と一緒に抱き上げる。
「そうだね…シンは、いいかな」
ソウシはその発言がシンの嫉妬故の発言かと思ったが、シンの瞳は純粋に〇〇を思いやるものだったので。
〇〇の恋人であるシンとしては、確かに事の次第を一刻も早く知りたいだろうしその権利もある、同席したいのも当然だろうと思われる。
ソウシは、シンに大切にくるまれて抱きあげられた〇〇と医務室に連れ立った。
小さい体のせいで、少し動けば〇〇の体にまとった布がすぐに脱げ落ちる。
それにシンはとても気遣って、彼女の肌が誰にも見えないようにとしている。
「首…っ、苦しいです…」
あまりにもきつく、彼女の首元から体を隠す様に大きなシャツを締め上げたシンに、〇〇が窒息しそうな声をあげる程だった。
医務室に入り、シンに抱きかかえられたままの小さな子供の姿の〇〇に、ソウシは優しく尋ねてくる。
「魔法の薬ってなに?」
優しい表情でソウシが尋ねてくるのに、矢張り〇〇は言いにくそうに頬を赤らめてしまう。
「おい、〇〇。言え」
シンの脅迫してくるような声が頭上から降ってきて、〇〇が一生懸命言葉を綴る。
「…が…くなる…薬…」
「おい、聞こえない」
消え入るような〇〇の声をシンが問いただす。
「シン、そんな風に脅さないで。〇〇ちゃん、他の誰にも言わないから」
言ってごらん?、と飽くまでも優しいソウシの瞳が促す様に〇〇を覗きこむ。
「む…胸が…大きくなる…って…」
絞り出す様に〇〇は言って、恥ずかしさの余りに耳まで真っ赤になって目の前のシンの胸元に隠れるように顔を埋めてしまった。
「…お前な」
しばしの沈黙の後、案の定呆れたような怒るようなシンの声が〇〇に聞こえてくる。
怒られると察した〇〇がピクンと小さく震えて、首をすくませる。
「シン、頭ごなしに怒らないで。〇〇ちゃんがそこまで悩んだのなら、それはシンの責任だよ」
窘めるようにピシャリと言ってくるソウシに、納得しかねるという表情でしかしシンが黙り込む。
「でも、〇〇ちゃんも少しお説教だね。得体の知れない薬を安易に飲むなんて…」
ソウシとしては二度と〇〇がこんな軽率なことをしないようにと、医者としても言って置かずにはいられない。
「命に危険のある薬だったりしたらどうするの?〇〇ちゃんに何かあったら皆が悲しむんだよ」
ソウシの思いやりに溢れた言葉に、〇〇がいかに自分が馬鹿な事をしてしまったのか改めて気がついてシュンと項垂れる。
「ごめんなさい…」
心底反省している小さな頭を、ソウシの手が優しく撫でる。
「他に異常はないようだし…、後は私が瓶に残ってた薬を調べてみるから」
子供の姿で見上げてくる〇〇は、頼りなく小さくて一層に可愛らしい。
不安に揺れる〇〇の相変わらず大きな瞳を安心させるようにソウシは微笑む。
「〇〇ちゃんが元に戻れる方法を探すから。医者の私を信用して?」
その言葉に〇〇がこっくりと、ソウシを信頼した安堵の眼差しで見つめ返して頷いてくれる。
「いい子だね」
そんな〇〇の柔らかい髪を撫でると、シンの目がかなり剣呑な感情を宿してソウシの手を睨むように見ている。
…シンのこんな表情を見ることがあるなんて、思いもしなかったな
ソウシはそんな風に思って、〇〇から自分の手を離す。
途端にシンが牽制するような空気を解くのが伝わって来て、ソウシはやれやれと内心思う。
聡いソウシには、シンが〇〇に向ける感情はあからさまだと思う程に分かる。
〇〇も、恋人となった今シンの気持ちをわかってはいるだろうが。
未だ女性としての自信が全くない〇〇は、どこか不安気だ。
それもこれも無神経な男どもが彼女を散々からかう言葉のせいだと、〇〇にかけられた言葉の数々をソウシは思い浮かべる。
それは、チンチクリンだの貧相だの、小娘だのというもので…年頃の女の子に向けて言っていい言葉ではないだろうにと、そんな場に出くわした時はソウシは諌めてはいるのだが。
それでも、その言葉の裏に複雑な愛情表現があることは同じ男としてはソウシとしても理解できる。
しかし、恋愛ごとに関しては全く疎い〇〇に、そんな複雑な男心が伝わるわけもない。
その場では無邪気に怒って見せていても、その後かけられた言葉のままに心の中で反芻してしまっては落ち込んでしまっていたのだろう。
だからこんな見るからに妖しい薬を飲んでしまったのだ、きっとすがるような気持ちでの行動だったのだろうとソウシは〇〇の気持ちを考える。
「シンも反省しないと」
ソウシがため息をつきながら思わずこぼしてしまったのに、シンとしては唐突に言われた言葉の内容を問う様に不審げに見返すだけだ。
「なんですか、ドクター」
「…〇〇ちゃんが、元に戻るまで…シンが責任もって面倒みてあげるんだよ」
子供の体では色々不便もあるだろうからと告げるソウシに、そんな事は言われるまでもないとばかりにシンは、変わらず愛しい温もりの〇〇を抱く力を強めるのだった。
To be continued.