恋海二次小説[1]
□遭難〜Troublemaker〜《4》【シン×主人公←ナギ】
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「炊き出しができたよー」
厨房からファジーの呼ぶ声が聞こえる。
ナギ不在の今、船長に命じられてファジーが厨房で調理にかかったのだった。
鍋を覗いたハヤテが顔をしかめる。
「うわ、なんだこの泥みたいな液体は」
「なんだって!?このファジー様の特製スープにケチをつける気かい!」
器にスープを注ぎ入れながらソウシがハヤテを窘める。
「ハヤテ作ってもらって文句言わない。それに空腹は最大の調味料だって言うだろ?」
「…」
「ソウシさん…それフォローになってないし」
一応はできた食事に、修復の手を休めて船員達が食堂に集まって行く。
「あれ。シンさん、行かないんですか?」
一人黙々と作業の手を止めないシンにトワが尋ねるも。
「俺はいい」
素っ気ない返事がかえってくる。
シンは短い会話の間さえ手をとめる気はないらしく、視線も手元に注がれたままだ。
トワは気遣う様にシンを見ながら食堂に足を向けると、やって来ないシンを当然皆が訝しむ。
「あれ、シン様はどうしたんだい?」
「いらないって言うんですよ」
トワが困ったように言うと、リュウガも頭をがしがしかいて眉間をしかめた。
「あいつは…ったく。睡眠も食事もろくにとらねえで」
「シン様…鬼気迫るものがあるねえ」
一刻も早く出航させたいシンが船員達の修復作業のスピードをけしかけ、指示をする様子は鬼神もかくやと言う迫力だった。
いつもなら出るハヤテの減らず口さえもつぐんでしまう程に。
嵐により被害を受けた箇所は思いの外多く、復旧作業も長引いてしまう。
それはついに夜更けまで続き、暗闇に灯りをともした中での作業は更に手間取った。
「交代で睡眠をとろうか」
船員達の体調を心配してソウシが指示を出すのにも、シンは不服そうな顔をするが。
「そうだな。まずは…おい、シン少し休んで来い」
「いえ、自分は…」
リュウガの言葉を聞きいれるつもりもなく辞退しようとするシン。
しかしリュウガが強い口調で諌める。
「船長命令だ。逆らうことは許さねえ」
半ば強引に部屋に戻され、仕方なくシンは形ばかりにベッドに横たわる。
いつもなら隣にいる筈の〇〇の存在が今はない。
目蓋を降ろしてみても全く眠れる気がしない、目を開いて天井をじっと見つめる。
「だから部屋で大人しくしてろと言ったんだ」
そうは言っても嵐の中人手はいくらあっても足りない、シンの制止を振り切って〇〇は甲板で覚束ない足取りながらも奮闘していた。
激しい波浪で船が揺さぶられる中で操船していたシンは、自分から離れた場所にいる〇〇が気がかりで仕方がなかった。
かと言って自分が舵をとらない訳にはいかない。
もう少し落ち着けば操舵を他の者にも任せられただろうが、その時点では襲い来る予測不能で凶暴な波を相手に船を操るのはシン意外には困難だったろう。
突然船を横倒しにするかのような大きな波のうねりが襲い、その瞬間〇〇が砕ける波に体をのまれた。
思わずシンが舵輪から手を離し駆けよろうとした瞬間、〇〇の近くにいたナギがその胸の中にかばう様に彼女をかき抱いて、共に海の中に投げ出された。
あの光景を再びシンは思い返す。
当然の様にいつも自分の側にあった〇〇の温もりが、今は別の男の傍らにあるかと思うと居ても立ってもいられない焦燥感がシンに襲ってくる。
しかも夜を越してしまう事になってしまった。
あの無自覚で無防備な〇〇のあられもない寝姿を散々シンは知っているので。
どうしても不安といら立ちで掻き立てられる。
船の修復が終わればすぐに出航だ、その為にもシンは無理矢理でも休息をとるべきだとは理屈ではわかっていたのでその双眸を苦々しい思いで閉じた。
常の習いで夜明け間近にシンはその目を開いた。
自覚はなかったが、僅かばかりかの眠りには入れたのだろうか。
シンは微かに頭を振って起き上がると、再び作業に戻るために部屋から出て行った。
一方、こちらは無人島で思いを寄せる少女と二人きりの甘い責め苦に苛まれているナギの姿。
目の前には、その片恋の相手の〇〇。
突然現れた可愛らしい動物の姿をそれは嬉しそうに眺めている。
「猿、近寄ったら逃げちゃうかなあ」
〇〇はほのぼのと、戯れる猿たちを眺めていた。
…にしても遅え
ナギは救助の船が未だ訪れないことにもどかしげな息を吐く。
まさか一晩超えるとは思っていなかったのだ。
シンの事だから速攻で探索の手を伸ばすと思っていただけに、こうして朝を迎えたのは意外だった。
思ったより船の破損でもひどかったのか…そう見当をつけながらも、この苦行のような状況から早く抜け出したいものだと思わず天を仰ぐ。
登りだした朝日がきらきらと陽光を放っている。
昨日は、〇〇に手を出さずに済んだ奇跡の一夜だった。
ナギは幾度なく理性や自制心が今にも瓦解しそうになるのを何とか耐え抜いた。
勿論〇〇と一緒にいれる時間が嫌な訳はない。
むしろ甘くくすぐったい満足感が心を満たしてくれる貴重なひと時だ。
しかしそれも、他の船員が常にいる船内でのことで…こんな風に思いあまった自分が〇〇に何をしてしまうかわからない状況では、拷問にも等しい。
ただでも無意識で男心をくすぐってくる振舞いをする〇〇に、何度理性の糸が切れそうになったことか。
勿論シンを一筋に想っている〇〇に、無理無体を積極的に働こうとは露ほども思ってはいない。
ナギも〇〇を大切に思っているのだから、彼女の嫌がるような事は当然したくないのだ。
それでも男の欲というものは、自分自身でも手に余るような身勝手な衝動を孕んでいる。
首の皮一枚でなんとか繋がっているような今のナギの理性が、もしもなにがしかのきっかけで欲望に堕ちてしまったら、その時自分がどんな行動をとってしまうのか自信が持てない。
理性の限界が来ない内に何としても救援が間に合って欲しいものだと、切迫した思いでいるナギの耳に〇〇があげた声が届く。
「えっ…あれれ?ええっ!?嘘!!」
「どうした」
焦ってうろたえている〇〇の姿に何事かとナギが問いただす。
「さっ、猿が私の服を…」
見ると干してあった〇〇のシャツとスカートを二匹の猿が素早く持ち去って浜辺の裏手の森に駆けこむところだった。
もしもまだこの二人だけの状況が続くのなら、ナギのシャツを着ただけのこんな無防備な姿で〇〇にいて欲しくない。
今だって、シャツの裾からちらつく太ももや、どうしてもシャツの大きさのために開く胸元が危険極まりない眺めなのだ。
それとはまた別に長い袖からちょこんと出ている〇〇の小さな手がこの上なく可愛らしかったりで、このままではナギの心に平静は戻らないであろう。
「おい、取り返しに行くぞ」
ゆらりと立ち上がったナギは険しい顔と声で、まるで闘いにでも挑む様な足取りで森に向かいだした。
To be continued.