☆財宝と献上物その2☆
□銀世界の故郷
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―今でも時折頭に浮かぶ銀世界の記憶、故郷の思い出―
――………
室内を満たす冷たい空気に身体がぶるりと震える。
シャチはずり落ちていた布団を半ば反射的に頭まで引っ張りあげた。彼は昔から寒さに弱い。
北の海出身者でここまで弱いのも珍しいくらい、とにかく弱い。
だから北の海は勿論、偉大なる航路の冬島の気候海域も引きこもりに拍車がかかっていたくらいだ。
「さみぃ…、なんだってこんな冷えて…うわ、雪降ってら」
布団に包まったままもぞもぞと起き上がり、カーテンをほんの少し開ければ、空から舞い落ちる白い結晶が目に映る。寒さの原因はこれかと、深い溜息が零れ出た。
昨夜停泊したこの島は冬島の海域に入る。といっても秋島との境目らしく、いつでも雪が降っているわけではないらしい。
「昨日の夜はこんなに寒くなかったのに…、やっぱり雪が降ると一気に気温が低くなるな」
そうぽつりと呟いて、今日は一日ベッドの中にいようと再度布団を頭まで被る。誰も来るなとひたすら念じながら。
しかし早々思い通りになどなるわけもなく、バタバタと騒がしい足音が聞こえた瞬間勢いよく部屋の扉が開かれた。
冷気と共に入ってきたのは言わずもがな雪が大好きな白熊だ。
「アイアイ、シャチー!雪だよ雪!一緒に雪合戦やろ」
「ベポ…、お前な。俺が寒さに弱いの知ってるだろ。悪いが他当たってくれ。…っておい!?」
「走り回ればあったかくなるよ。だから行こー!!」
テンションの上がったベポには何を言っても通じないらしい。無理矢理布団を剥がされたシャチはそのまま担がれ雪降る島へと連れ出された。せめてコートくらい着させろという言葉すら無視して、白熊は嬉しそうに楽しそうに駆けていく。
(寒い…、俺絶対凍死する)
防寒具を一つも身に付けていない身体はみるみるうちに熱を失い、ガタガタと大袈裟なくらいに震え始める。そんなシャチの様子に気づくことなく、甲板から島へ飛び降りるベポ。綺麗に着地するとさあ雪合戦をしようと、可愛い笑顔で言ってきた。だがそこで第三者の声が静かに響く。
「ベポ、はしゃぎすぎだ」
「あ、キャプテン」
「せん、ちょう…?」
軽やかに彼らの前に降り立ったローは持っていたコートをシャチに着せ、次いでマフラー、耳当て、手袋と手際よく身に付けさせていった。
「ったく、つなぎのまま氷点下の外に連れ出すとか何考えてんだベポ。コイツはお前と違って毛皮じゃねえんだぞ」
「アイアイ、ごめんなさい…」
ローの言葉に先程までの浮かれ気分が徐々に身を潜めていく。
寒さに強い者ですら氷点下の気温ではある程度の防寒が必要だ。にもかかわらず、寒さに弱いシャチをなんの対策もせずに連れ出してしまった。そのことにベポはしょんぼりと項垂れる。
そんな白熊を見て、シャチは気にするなと頭をわしゃわしゃ撫でてやった。悪気があってやったわけではない、それは充分理解している。
「あー、それにしても助かった、船長マジ命の恩人。よく俺が外に引っ張り出されたのに気づいたな」
「あんだけ騒いでれば嫌でも気づく…。コートがどうのこうの聞こえたから、まさかと思って後追いかけたんだ」
「成る程ね。よし、んじゃベポ、雪合戦するか」
「え!?いいの」
「ここまで連れてこられちゃな。折角だ、暇なクルー全員参加ってことにしようぜ」
そう言ってにかりと笑うシャチにベポはパアッと顔を輝かせる。先程の落ち込みようが嘘のように、皆を呼んでくると元気一杯走っていく。そしてちらりと隣を伺えば、ローの顔にも穏やかな笑み。
「凍死しねぇ程度にやれよシャチ」
「そんなの俺が一番わかってるって。船長もやる?」
「遠慮する。その代わり酒用意して待ってるから、雪合戦終わったら雪見酒に付き合え」
「そりゃ有難い。喜んで酌してやるよ船長」
ひらひらと片手を振りながら船内へ戻っていくロー。入れ違いに賑やかな声が聞こえてくる。寒い寒いと言いながらも楽しそうな声。自然と顔が綻ぶ。降りしきる六花はしんしんと積もって、大嫌いな寒さがどこか懐かしく心地よい。そこで気づく、ここが故郷に似ているからだと。静かな雪景色、雑音の無い世界。久しく忘れていた故郷を感じることの嬉しさ。
「寒いのはやっぱ嫌いだけど、たまにはいいな」
今感じたこの想いは紛れもない幸せだと、シャチは雪舞う空を仰ぎ見た。
END.
2013.2.3