頂き物.

□いつの日かの終わりまで、何があろうとも私は貴方のその隣に、
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――死ぬならば、胸を貫かれて死にたい。


振り下ろされた刀を横に跳ぶように躱しながらそう思った。

そしてその者の首に刀を突きつけて薙ぐ。

飛び散る赤を目の当たりにしても動じることなんかない。

此処が私の居場所で存在意義だから。

また背後で殺気を感じ、振り向きながら刀を強く握った。

私は必ず相手の刀が下ろされる先を見てしまう。

そして毎度のことのように思うのだ。

この切っ先じゃ死ねない、胸じゃない、と。

別にふとそう思っているわけではない。

これに関しては決してと言える自信がある。

何故ならこれは唯の思いや願望ではなく、私の一生の願い等しいからだ。

何と簡単で易く、そして浅はかで愚かな願いなのだろう、と他人は嗤うだろう。

けれど、私は構わないのだ。

見ず知らずの誰かに嗤われようとも、友人たちに馬鹿にされようとも構わない。

だって、


「…っ」


思考が一瞬停止した。

幾人の敵を相手にしていた私は不意をつかれ転倒した。

尻餅をついたまま前方に目をやると、視界に映ったのは銀色の刃。

その切っ先は――私の胸。

嗚呼、私は胸を貫かれて死ねるんだ。

後悔や恐怖はなく、喜びがこの貫かれるだろう胸で溢れた。

狂ってると笑われてもいい。

だって、だって、あの人が抱えているあの痛みに似た痛みと共に死ねるのだから。

天才の名を欲しいままにし、あの頭で素晴らしい策を練って秀吉様の数々の困難を救っている半兵衛様。

今も前線で白色の髪をたなびかせて、あの目に見えぬ剣さばきで敵を圧倒しているのだろう。

そんなあの人がいつも苦しそうに胸を押さえて咳き込んでいるのを知っている。

その手が真っ赤になることがあるのも…

私だけではない。

秀吉様もそのことを知っている。

知っていてあの人の好きなようにさせているんだ。

一度我慢出来なくて問うてしまったことがある、何故あの人を止めぬのですか、と。

秀吉様はこの無礼にこう応えた、あれには褥の上で生き長らえるよりも果たすべきことがあるのだ、と。

そう呟くように応えた秀吉様の顔はいつものように厳しかった。

だけど、その声が瞳が悲しそうに揺れていたのを私は知っている。

他人から覇王と恐れられようとも、その姿は人の子だった。

埃が舞い、血が飛び、そして命が散りゆくこんな場所にあの人は来なければいいと思う。

だってこの場所が彼の灯火を減らす一番減らす場所だと思うから。

どんなに苦しそうにしていても、血を吐いても、彼は決して誰にも言うことはない。

そうやって全てを隠して一人で無理して、この場に来るあの人を止めれない私が居る。

秀吉様が止めないから止めないんじゃない。

止めようと何度口を開いたことか。

だけど、あの人に疎まれることが恐ろしくて、嫌われたくなくて、喉を震わして声を出すことをいつもいつも躊躇ってしまう。

躊躇なく人の命を奪う曲に、他者から夜叉と呼ばれ恐れられる曲に…私も所詮は人の子なのだ。


ギラリ


卑しく光った刃を見て、今私は微笑んでることだろう。

同じではないことは私も理解しているし、実際この痛みがあの人のよりも程遠いとも思う。

だけど、酷似していると信じてるこの痛みでこの世を離れられるならば本望だ。

そっと目を閉じる。

そして私は痛みを待った。

しかし、思っていた痛みは訪れず、代わりに頬に生暖かい飛沫を感じた。

目を開けると私に切っ先を向けていた男は地に伏せていた。

もう彼が微動だにすることない。

そして、私の目の前に立つは、


「…半兵衛さ、ま……」


先程まで私が思っていた人だった。


「何をやっているんだ、君は!君の実力ならこれくらいの兵、訳もないだろう!?」


確かに半兵衛様の言う通り一般兵ならば簡単に斬り伏せることが出来る。

この男も例外ではない。

いつもなら直ぐに体勢を立て直して男の腹を貫いただろう。

しかし、いつも目で追ってしまうその切っ先が、男のその切っ先が偶々私の胸だったから。

だから、一生の願いという綺麗な言葉に隠した私の仕様もなくそして愚挙な我が儘がこの胸で溢れてしまったのだ。

私は唯…


「………」


黙りこくる私。

半兵衛様の視線が怖くて下ばかり向いてしまう。

此処は戦場だというのに、それが嘘のように私の耳には何も入ってこない。

悲鳴も采配も怒鳴り声も雄叫びも啜り泣きも全て全て。

唯一拾うことが出来るのはきっと半兵衛様の声だろう。

その声もその声を出すことが出来る主が黙っているから当然耳には入ることはない。

…私は唯逃げたかっただけなのかもしれない。

半兵衛様が抱える痛みに似た痛みを受けてこの世を去りたいなどという綺麗事に全てを隠して、私はこの世から逃げたかっただけなのだろう。

戦場が怖いわけではない。

武功を挙げれず、半兵衛様に見捨てられて共に歩めぬことが何よりも怖くて…

嗚呼この沈黙が怖い。

今すぐ腹を切りたい程怖い。

それほど私の中で半兵衛様の存在は大きいのだと改めて知らしめられた。

カタカタと小刻みに震える私の手。

そして、カツンと音を立ててこちらに歩み寄る半兵衛様の足音。

優しく私の震える手に重なった半兵衛様の手に吃驚して私は顔を上げてしまった。

一瞬だけふわりと微笑まれたのは見間違いだったのだろうか。


「此処で死ぬことなど僕は認めないよ。君はこれからも生きて僕の後ろを守るんだろう?ならば、こんな所で時間を潰してるわけにはいかない。僕には時間がないからね」


ほら行くよ、とそう言って踵を返した半兵衛様。

ふわりと白色の髪が日の光が当たって何処か神々しく見えた。

それでも私は知っている、この人も私や秀吉様と同じように人の子であることを。

そして、人という者には必ず死という名の終わりがあることも。

それを全て踏まえた上で私はその背に笑顔ではい!と応えたのだった。



いつの日かのわりまで、何があろうとも私は貴方のそのに、



私は相手の振り下ろされる刀の先を見るのを止めましょう。

私は恐れることも逃げることも止めましょう。

唯がむしゃらに貴方様の後ろについて行きます。

例え貴方様が倒れようとも、唯貴方様のその背について逝きます。

だから、だから…

半兵衛様、私を置いていかないで。

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