頂き物.
□それはお伽噺のような夜のこと
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私は真っ直ぐと刀を突き付ける。
そして、こう言ったのだ。
――返して、と。
日ノ本を支配しようとした魔王は力をつけた覇王によって倒された。
その覇王が益々力をつけて天下を取ると思っていた。
しかし、覇王は魔王を倒した直後に急激に力を落とし、そして、蒼い竜に倒された。
世界は平和になる、筈だった。
そう、筈だったのだ。
しかし、大地は荒れて人々は嘆き悲しんでいる。
私はこの光景を知っている。
忘れられる筈もないのだ、あの魔王―織田信長が築いた世界の光景と似ているのだから。
違う、政宗様はそんな方じゃない!
あの方は誰かを、民を想って、彼らを救う為に自らの体にいくつもの傷を負ってまで助けようとする心優しき方だ。
こんな残酷なことが出来るような方じゃないのに、何故何故何故…
「…政宗、様。どうしてですか…?」
そう呟いた言葉は政宗様のお心には届かずに虚しく空気に霧散していった。
ほんの少しばかり名が聞こえていたのだろうか。
こちらを一瞥したあの方の瞳にあったのは禍々しい闇とその中に猛禽類のようなギラリと鋭い光だった。
それを見て、私の足はすくむ、体は震える。
違う、今のあの方は政宗様なんかじゃない!
政宗様のお体の、その奥に潜むそれは一体何なのでしょうか…?
日に日に荒れる大地。
日に日に荒れるあの方。
違和感が胸を突っつき、そして私は一つの推測を立てた。
人にその推測を告げると余りの愚かしさに嗤うだろうから告げることはない。
それが右目と呼ばれるあの方の側近だろうとも私は言わない。
日に日に失われていく色々なものを見て、私はその推測を確信に摩り替えた。
愚かしいのなんて構わない。
私は唯…唯あの方を助けたいだけなのだ!
ひっそりとした真夜中。
広く開け放たれた空間はぼんやりと蒼白い光で包まれていた。
空を仰ぎ見ると其処に佇むは主を彷彿させる三日月で、視線を水平に合わせれば其処に立つは袴姿の大切な人。
その器に曾ての魂など存在しない彼(か)の姿に一歩、二歩と歩を進める。
漆黒の闇に浮かぶ月の方が本来の政宗様に似ているなんて…何と皮肉だろうか。
そのお体は確かに私の目の前にあるというのに、その器にあの時の熱くて優しいお心はないのだ。
私が近づいてくることを察したのか、こちらを振り返った政宗様。
その首元目掛けて伸びるは白銀の刃。
それは私の伸ばした手から真っ直ぐと伸びているものだった。
「返して」
そして、私は微かに震える刀を突き付けながらそう言ったのだ。
妖しい光を宿した政宗様の瞳は私を嘲笑っているような気がした。
無理もない。
力強く返せといった曲に、刀は震えているのだから。
「返せ、か。何を返して欲しいんだ?」
「貴方は貴方であって貴方じゃない。全部わかっている筈よ、私が今言ったことの意味も返して欲しいものも」
少し目を見開いてから、意地悪くニヤリと口を歪めて笑う。
「わからねぇな」
「嘘つきなのね、」
――織田信長。
静寂。
風の音(ね)すら聞こえない静かなこの空間の空気がとても重たく感じた。
私はギュッと刀を握る。
「返して、そのお体は政宗様のもの。貴方みたいな残酷なる魔王が乗り移っていいものじゃないのよ!」
横に薙いだ刀の先にあるのは政宗様のお体だから傷をつけるわけにはいかない。
けれど、易々と受け止められた刀を見て、そんな心配はいらないのだと知る。
ガキィン
一際大きな音を立てて離れる私たち。
私が一応刀は振れる輩としても、相手は政宗様のお体に乗り移ったあの魔王だ。
勝機なんか最初から見えない。
だけど、私は…もう一度だけでいいから政宗様に会いたい、その瞳に私を映して欲しいのだ。
「返して、返してよ!」
振り上げた刀は全て目の前で叩き落とされる。
焦る私は一瞬動きが縺れ、視界の端に捉えたのは鈍く銀に光るもの。
「……っ」
左肩から前へと飛んだその緋が大切な人の頬に付着した。
何だか悲しくなった私の目に映るは何かに震えた瞳の奥で、
「…政宗、様」
思わず私は瞳と同じように震える声を喉から発した。
しかし、それが発された時にはその瞳には鋭い光しかなかった。
だけど、一瞬でしかなかったけれどあの慈しみが籠った瞳は政宗様のものだと、あの方のお心だと確信出来る。
私は先程よりも強く刀を握った。
「やぁぁっ!」
力を込めて振り切った刀にいつも以上の力が入ったのか、政宗様のお体が持っていた刀がその手から離れ、そしてガシャンと音を立てて地面に転がる。
やったと喜ぶ私の耳が拾ったのはガシャッ何かを構える音で、そして目に映したのは小さいながらもしっかりとした銃を構えた政宗様で。
ニヤリと口角を上げたそのお顔は私をからかっていた時のものと酷似していた。
その瞳の奥の光は、その器に居る魂は、あの方とは違うというのに…
私は動きを止めていた。
ドンッ
硝煙が銃口からたなびく。
ゆっくりと視界が緋く染まった気がした。
ゆったりと視界がぐらついた。
そんな中、私はその視界に見える大切で愛しいお方に手を伸ばす。
「――……」
喉が震えず、音として発されなかった私の声は届いたのだろうか。
それは定かではない。
だけど、だけど…閉じゆく意識の中で何処か泣きそうな政宗様が見えたから。
だから、私は安心して目を閉じたのだ。
――政宗様、政宗様。どうかご自身を確かに持って下さい。別に私は自分のことなんかどうでもよいのです。貴方様や城の皆様が日ノ本の民が笑って過ごせるのなら、私は…死ぬことなど怖くない…のです……
それはお伽噺のような夜のこと
ふと瞼が軽くなった。
しかし、依然として体は重たかった。
ゆったりと先程軽くなった瞼を開けると其処に居たのは愛しいあの方で、涙が止めどなく溢れ落ちた。
その瞳に闇なんかなく、あるのは後悔の念だった。
申し訳なさそうな顔する政宗様の頬にそっと手を当てて私はこう囁くように言ったのだ、
「おかえりなさい、政宗様」
「色々と迷惑をかけて本当に悪かった。傷、痛むだろ?」
そう言いながら脇腹から流れ出る血を止血する為に当てられていたであろう布(私の血で本来の色などわからなかったが)を先程よりも強く押し付ける。
少しだけ痛かったが、その痛みは政宗様の優しさだと思い受け止めることにした。
「悪いのは魔王であって政宗様ではありません。それに、あの時急所を外して下さったではないですか」
撃たれる瞬間私はちゃんと見ていたのだ、その瞳の奥に鋭い光などなかったことを。
あの時既に政宗様は魔王に勝っていたのだ。
「政宗様、政宗様」
「何だ?」
「愛しております。これから先もずっと」
「……あぁ、俺もだ」
何処か気恥ずかしそうにそう告げて下さった政宗様。
その顔に安堵したから、だから私は天下を取って以来忘れていた柔らかい笑みを浮かべることが出来たのだった。
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抹茶様の『アイツの為に全てをかけて』の「返して」「刀を突き付ける」「相手は政宗」という言葉から連想して作っちゃいました。(テヘッ☆)
すいません、意気込んでみたら見事に撃沈しました。
個人的には死ネタにしたかった一品なので、最後の方無理に繋げた感があってグダグダです申し訳ない。
何これ的な文章の集まりですが、どうぞもらって下さいな。