過去の拍手

□不器用同士のはんぶんこ
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春うらら。



桜がひらひらしている。



『右手にお茶と左手には桜餅。こりゃ春の醍醐味だね』



色気より食い気、これ乙女の大事な心意気だよ。



「誰か手が空いている子いない?洗濯物が溜まってるから洗って欲しいんだけど!それか蘭丸様の御昼食を作ってくれない!?」

『やば、逃げよ』



私の少ない休憩時間をさらに少なくされるなんてごめんだ。


私は見つからないように必死に逃げた。


















『女中って給料はいいけど大変だわー』



誰もいないお城の裏門。
雑草も伸びきってるからちょっと汚く見えるけど、実際あまり気にならない。



『裏門なんてどこもこんなものでしょ。まぁ織田軍以外のお城で働いたことないからわからないけど』



誰もいないけど喋ってしまう。
これは小さい頃からの癖。
所謂独り言。
昔から注意されてはいるものの、一向に直る気配はない。


すっかりぬるくなってしまったお茶と桜餅を近くに設置してある長椅子に置いて私も座る。


ポカポカしていて思わずウトウトしてしまう。
春っていいよね。


『ここからも桜が見えれば最高なのに………』

「そしたら絶好のサボり場所になりますものね」

『本当ですよ。気が合いますねー、ってどなたですか!?』

「警戒心が薄いですよ。しっかりしなさい」



後ろを振り返れば、


綺麗な銀髪。


白い肌。


細いが筋肉質な腕。



が、目の前に。



『あけ……っ!?』

「初めましてサボりのお嬢さん」



こりゃ死にました。
お偉いさんの明智光秀様がおりました。
しかもサボりってバレてるうえに敬語無しで喋っちゃいました。
これは常識的に考えて、良くて辞めさせられるか、悪くて殺されるか。
最大の二択。



『もうし、わけ……ご、ざいません、』

「怖がらなくていいですよ。殺すわけではありませんからね」

『えっ…?』

「サボりでいちいち人を殺していたら一日で半分程の人手になってしまいますよ」



やれやれと言いながら私の隣に腰掛ける。
隣にこんなお偉いさんがいるなんて初めてだ。
なんせ私の位置は女中の中でも下の下。
いつもは洗濯物を干したり掃除したりしてるだけ。
掃除って言ってもお偉いさんの部屋とかじゃなくて城の一番奥にある誰も使わない廊下掃除。
よって緊張する。



『……』

「……」



沈黙が続く。
お茶はついに湯気を吐かなくなった。
ポカポカだった身体が段々冷めていく感覚。
なにこれ。
どうしよう。



「やはり私のことが怖いですか?」



ボソッと、まるで独り言のように発せられた。
怖い……?



『何故……ですか?』

「怖くはないのですか?」



噛み合わない会話。
ぶつかる視線と視線。
明智様は私の答えを待っている。



『た、確かにこんな偉い方に会うのは初めてですし、会話をするのも初めてです。なので怖くないと申したら嘘になりますっ』



おそらく、いや絶対。
明智様は嘘を見抜くことが得意だと思う。
だから正直に言った。
でも言ったあと緊張と怖さで目をギュッと瞑る。


そして何故か押し殺したような笑い声。



『……?』



恐る恐る目を開くと何故か口元を押さえながら爆笑している明智様がいる。
はて?
何か私、しましたか?



『あ、あの』

「そういう“怖さ”というのは初めて聞きました」



笑う度にキラキラと銀髪が揺れる。
それにしても何故、明智様は笑っているのだろう。


ポカーンとしている私に気付いた明智様は目尻に溜まった涙を拭いながらこちらを見た。



「失敬。貴女の答えが私の予想に無い答えだったもので」

『えっと……?』

「質問を変えましょう。貴女は私の噂を聞いたことがありませんか?」

『噂…』



何度か聞いたことがあるような。
確か一人でバッサバッサ人を斬り殺して行くって聞いたことがある。
そして実は死神なのではないかとか。



『何度か聞いたことがあります』

「貴女はそれを聞いたとき、どのように思いましたか?」



聞いた時は怖いというよりそんな人がいるんだ、と新しい発見をした気分だった。
だから織田軍はそんじょそこらじゃ倒されないってみんなが言っていたんだって納得した。
そんなに強い人がいるなら



『納得しました』

「納得…?」

『織田軍が倒されない理由にです』



今度は明智様がポカーンとなった。
なんか変な答えだったのかな?


そしてまた笑う。
綺麗な笑顔で。



「……お茶、冷めてしまいましたね」

『……あ』



あんまり美味しくなさそうなお茶を視界に入れる。
そういえば、



『私の休憩時間って………』

「終わってますね、完全に」



顔が真っ青になっていくのがわかった。
これはまずい。



『と、とりあえず桜餅食べて、じゃなくて、えっと、えっと、』



怒られるの嫌い!
ってか怖い!
とにかく何をしなくちゃいけないの!?
わかんないよ!
あぁぁぁ。
私、こういうの弱いんです。



「まずはここに座りなさい」



手を引かれ、いまさっき座っていた場所に戻される。



『えっと、えっと。桜餅を食べて、お茶を飲んで、走って干してある洗濯物を取り込んで、』

「桜餅は外せないのですね」

『はい!』

「ではまず食べてしまいなさい」

『いただきます!』



待ちに待った桜餅。
春の味がもうすぐ堪能できるんだ!


あれ?
でも待って。
桜餅は一個しかない。
でも人数は二人……。



『あぁぁ!!明智様の分がない!!』

「今さらですか」

『も、申し訳ございません!』



何してるんだ私!!
明智様の分がないのに一人で食べようなんて…!!



「構いませんよ。気にしないでください」

『気にします!』

「ですから構いません」

『構います!』

「そんなにムキにならずとも……」

『ムキではなくて!あれですよあれ!えっと、その、』

「そこまで言うなら半分ください」

『はい!』



桜餅を両手に持ってみてフと気づいた。
待って。
私、不器用だからこんな小さな桜餅を半分にできない。



「不器用なのですね」

『申し訳ありません…』



やはり明智様にはバレてしまった。
本当に何もできない女中ですいません…。
心の中で謝る。
もう辞めようかなこの仕事。



そんな自分が嫌すぎて涙が出てくる。
すると桜餅を明智様にとられた。



「私も不器用ですが貴女より器用なので私が半分にします。そう落ち込まないでください」



“笑顔の方が素敵ですよ”



なんて言われたら、涙がどこかへ消えていく。



そして、



明智様が持っているはずの桜餅が開いていた口に入れられる。



『ふぐっ!?』



突然すぎて目を見開いたら、何故か近くにある明智様の綺麗なお顔と肩にかかる銀髪。
あれ?
あれ?
あれ?



そして離れていく。



「なかなか美味しい桜餅ですね」



ですがやはり甘いです、とかいいながらペロッと自分の唇をなめる明智様。



「ほらほら、口から落ちてしまいますよ」



反射と言っていいのかわからないが、即座に桜餅が落ちないように手でおさまえる。
あれ?
桜餅が半分になってる。
あれ?



「ごちそうさまでした」





不器用同士のはんぶんこ





桜餅をくわえたままの間抜けな顔の私。
そして耳元で
“毎日廊下掃除ご苦労様です”
と囁かれてしまえば、女中を辞めることなんてできないじゃないか。



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