過去の拍手

□紅葉が揺れるこの場所で
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「見てください竹中様」

「綺麗な紅葉だね」




視界いっぱいに広がる真っ赤な木々。
夏のあの緑は何処へ。
地面すら真っ赤に染める。


秋が来たのだな。


頭の中はそれだけだった。



「山々も真っ赤に染まっていますよ。紅葉狩りなんていかがですか?」

「僕は遠慮しておくよ」

「あ!お仕事が沢山あるのでしたね。すいません、何も考えずに発言してしまい……」

「いや、そんな理由で断ったわけじゃないよ。見てみなよ。狩りになんて行かなくてもここに沢山あるじゃないか」




そう言って僕は地面を真っ赤に染めている紅葉を一枚拾い上げた。
城の一角にこんな場所があることを知ったのは先月のこと。
ただただ目を惹かれ、立ち止まってしまった。
何もない場所なのに。
思い出すとすこし可笑しい話だね。
今は紅葉のおかげで多少は色づいたこの場所。
でも、立ち止まって見る人は僕と女中の彼女だけのようだ。



今日は秋晴れ。
思わず外に出たくなるような綺麗な空だ。
僕は思わず外に出てしまった。
そして散歩がてら来てみれば彼女がいた。
名も知らぬ彼女が。




「なんだかいつまでも見ていたい景色だね」

「はい……」




凛と澄んでいる彼女の声と風のざわめきが心地よい。
戦がまるで終わったかのような気持ちだ。
それに、自分の病すら忘れさせてくれる。



しばらくの間、この空気に浸っていた。
ふと彼女の手を見てみると僕が持っている紅葉を二回りほど小さくした紅葉を持っていた。




「あら。こんなに小さな紅葉が……」

「この小さな木かな?こんな小さな葉でもしっかり色がつくのだね」




小さな葉は立派な木々に埋もれた小さな木から落ちたようだ。
その木をいとおしそうに眺める彼女。




「こんな小さな木もいつしかあの大きな木になるのでしょうね」

「何年かかるかわからないけどね」

「大きくなることはできるのでしょうか………」




彼女の瞳には不安が見えた。
この戦続きの乱世。
いつ死ぬかなんてわからない。
でも大丈夫。
だってね、この城は落ちない。
落とさせるわけない。




「楽しみにしていてくれて構わないよ。豊臣の時代はすぐに来る。そして永久に。この一角も変わらない。また同じ紅葉を見られるよ」

「そうですよね!では、楽しみにしています。また来年もここに来てみます。竹中様も是非」

「逢い引きの約束ってやつかな?」

「え!?ち、違います!」

「ふふ。冗談だよ。また来年にでも」

「はい。必ず」




そう言ってふわりと笑い、礼をして去った彼女。




“また来年”




僕は生きているのかな。
もしかしたら二度と紅葉自体を見ることはできないのかもしれない。
何を考えているんだ僕は。
今さらじゃないか。
何が怖いんだ。
何を不安に思うことがある。
何を悔やんでいるんだ。


秀吉の時代が来るまで、
秀吉が僕を必要としている限り、
死ぬことは許されない。
生き続けてみせる。
何があろうと。




でも、



でも、




欲を言っても許されるならば、








紅葉が揺れるの場所で








また彼女とこの空を、
この心地よさを感じたい。
どうか叶わぬ約束にはしないでください。





不意に肺を締め付けられた。
咳き込む僕を見た紅葉は何を想ったのか。
拾い上げ、握っていたはずの紅い葉は僕の手のひらから落ち、地面を染める僕の“あか”を隠していく。





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