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□穢れし濁世に粛正を
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一体、この世界はどうしちまったんだろうねェ…かつて侍達が夢を馳せ闊歩した街には気色の悪い天人達が蔓延り、まるで我が物顔で歩いてやがる。美しい木造建築の並んでいた街並みは姿を変え、狭苦しいコンクリートに埋められている。綺麗な青が広がっていた空には船が飛び交い、太陽を隠す。世の中は奴らに支配され、法律でさえも奴らを擁護する。最早、この星は地球人の為には機能してやいないんだ

「…生きていても、何の意味もねェな…」

ドンと音を立て空になったロックグラスをカウンターに置き、ため息と共に吐き出した言葉はソレだった。軽い酔いの回った鈍い思考回路は、単純な答えしか生み出してくれない

「…そんな事言わないで下さいよ」

清潔な布でカクテルグラスを磨いていた目の前のバーテンダーは、憐憫の眼差しを向け、あたしにそう言った。その視線が煩わしく感じ、跳ね返す様にバーテンダーを睨み返す

「…お前さ、『もし死ぬなら』って考えたなら、最後に一体何をする?」

「もし死ぬなら…?」

「ああ。例えばの話だ」

言いながら、スッと空のグラスを前へと差し出すと、バーテンダーは考えながらも無言でそれを手に取り、鮮やかな手つきでそれを片付けた

「…どうなんでしょうね」

再びグラスを磨きだしたバーテンダーは、困った様に眉尻を下げながら言った。腑に落ちない答えに、少し苛立ちを覚える

「んだよソレ。何もねーのかよ」

「すみません…死ぬ願望がないモノですから…」

「ああそうかい。つまんねー奴」

キュッキュと、ガラスと布の擦れ合う音が響く

「じゃあ…貴女はどうなんですか?」

「…あ?」

「『もし死ぬなら』、最後に一体何をするんです?」

聞かれて、あたしは鼻で笑った

「んなモン、答えは一つさ。とびきりの男前に一晩中抱かれんのさ」

「とびきりの男前…ですか」

「ああ。散々まぐわった後にさ、そいつに首絞められて殺されんの…たまんねェぜ」

「…そうですか」

「お前知ってっか?ヤってる最中に首絞められっと、超気持ちいいんだぜ。マジ逝っちまうよ」

「…とんだマゾヒストですね」

「うるせェ。悪かったなァ変態でよォ…」

苦笑いを浮かべるバーテンダーを尻目に、チラリとカウンターの奥を見る。一番端の席に、静かに日本酒を傾ける一人の男が座っていた。女物の様な派手な着流しを身につけ、左目にゃ何があったのか、包帯を巻いてやがる。そいつの腰には、本物の刀。侍。刀狩りのこの御時世、そんなモンをブラ下げているヤツは、攘夷志士か幕臣くらいなモンだろう。ま、あの男のナリじゃあ後者は有り得ねェだろうがな…

いや、そんな事はどうでもいいんだ。あの男が何者だろうが知ったこっちゃない。それより…今の会話、あの男に聞こえていただろうか。『とびきりの男前に抱かれたい』なんて、あの男に向けて言った言葉だ。もし、聞こえていたのなら…なんて、イヤラシイ事を考える。もし、最後に抱かれるのなら、ああいう男がイイ

「…次は何を飲まれます?」

「ああ、そうだな…」

今は、少し気分がイイ。だけど、まだ酔いが足りない。あたしは少し考え、『いつもの』を頼んだ。バーテンダーは微笑みながらタバコの箱を一つ取り出し、中にとびきりの『イイ物』を忍ばせてあたしに渡す。あたしはそこから一本取り出し、側にあった店のマッチでそれに火をつけ、一息ついた。そうすれば、すぐに『良く』なるんだ

「ああ…すごく『イイ』よ…」

視界が次第にキラキラと輝き出す。瞳孔が開いてってるのが自分でもわかる

…皮肉なモンだ。天人達を毛嫌いしながら、この現実から楽になるには奴らの作ったこの『クスリ』を頼るしかねェ

「ほら…見ろよ…ここに船が飛んでやがる…」

あたしにしか見えないその小さな飛行物体を空中でギュッと握り潰すと、ガタリ、すぐ側で椅子の引く音が鳴った

「隣…いいか?」

「…え?」

耳の側で小さく囁く様な声が聞こえ、そちらの方を振り向く

「ダメか?」

あの男が、あたしを見て立っていた

「…嘘」

手の平の中で、小さな天人達が泣き叫んだ



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