企画

□美味しい出会いに、口元歪ませる
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どんよりと冷たい雨だった

また『あの人』に呼び出されて、仲間は先に次の街へと向かってしまった
俺は用事が終わってから、のんびりとなかなか来ない列車を待っていた

その辺に落ちていた傘は小さな穴があって少し肩が濡れたが、そんな事は気にならない
この駅は雨を遮る物がない

激しい音を立てて落ちる雨のカーテンに紛れ込んで、小さな足音は、ぼうっとしていた俺の少し遠くで止まった

傘から少しずつ覗いてみた
黒いブーツ、黒いパンツ、華奢な脚
もう少し覗いたら、白いセーターと小柄な女の顔が見えた


「……お嬢さん、傘ないの?」

「………」


女は俺に視線だけを寄越したが、不機嫌そうな美貌を崩さず、すぐに目を反らした
強すぎる雨でよく見えなかったが、腕にも脚にも顔にも、ぶつけたような傷があった


「どっかで派手に転んだか?
雨は傷に染みるだろ」

「……平気だ」
 

だから構うなと言って、やっぱり女は不機嫌そうな顔のままだった

こういう女は嫌いじゃない
強固な態度が緩む瞬間が好きだから


「それにしてもまだ来ないもんかねぇ、列車
早くしてくれないと仲間に合流出来ない」

「…」

「お嬢さんは?
一人旅…って格好じゃないよな
恋人でも待ってんの?」

「…違う」

「なら良かった」


そう言ってにっこりと笑ってやると、女はずぶ濡れの横目で俺を見た


「…あんた、しつこいってよく言われないか?」

「イイ女を見たら諦めるなって教えられたんでね
せっかくの巡り合わせを無駄にしちゃあ駄目だろ?」

「…はは」


女の雰囲気が柔らかくなって、笑い声が漏れた
うん、やっぱり笑った方が可愛いな


どしゃ降りの雨の中、ボロボロの傘で左肩だけびしょ濡れの男と、傷だらけの体を雨に晒す女は、まだまだ訪れそうにない列車を待った
 
女は一仕事終えたばかりで、仕事仲間を待っている所だと言った
しかし何の仕事をしているのかは言わなかったし、怪我をした理由も決して言わなかった
そしてどんなに言っても、俺の穴だらけの傘を受け取らなかった

そうしている内に、俺の乗る列車が到着した


「じゃあ、またどこかで」

「会えたらな」

「会えるさ」


そう言うと、今度こそ女はふんわりと笑った
もう俺には必要なくなった傘を差し出すと、少し迷ってからありがとうと素直に受け取った

女の信用を勝ち取った征服感に満たされながら、俺は列車に乗り込んだ
会えるだなんて言っておきながら、俺はもうあの女に興味はなくなった


(ま、暇つぶしをありがとう、人間)


湿気でじめじめする車内のシートに腰掛けながら、俺は窓から女を見た

女は傘を片手に誰かと話していた

女はさっきまで居なかった男に差し出された物を、傘を持っていない手で受け取った
そして男に傘を預けて、受け取った物に腕を通した

──…エクソシストの証である、ロザリオの付いた真っ黒な団服に


湿気った煙草を加えたまま、俺は彼女を見つめて、笑いが腹の底から込み上げて来た


「………ハハハハハ…!」



嗚呼、ありがとう千年公、人間の神

俺はまた彼女に会うだろう
人間のフリをして、上手に恋でもしよう

そして──


「どんな色してんだろうな…」



絶望の色に染まった彼女の瞳を見つめながら、柔らかい心臓の温もりに触れるその時に、想いを馳せた


 

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