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□右腕の重み
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沢山の人が行き来する大広間に続く階段の傍で突っ立っている。
夕食時の此の通りは生徒も教師もゴーストも集まって来るから、みんな怪訝そうな視線をあたしに向けてから大広間へと吸い込まれて行く。
あたしだって早く胃を満たしてしまいたいけれど、前へ進んだらローブの左側だけ伸びてしまいそうで。
そう、もう小さいだなんて言えない様な身体を折り曲げている。
階段の一番下の段に腰を落としたまま動かないんだ、こいつは。
今みたいに手放さなければ善かったのに。
そんな、心が痛む位なら。
「…あんたって、本当に馬鹿よね」
「……るせ…」
いつも強気で自信に満ち溢れている瞳は生気を失ったみたいに歪んで揺れている。
あたし以外の女の子だったなら、きっとこんなに弱りきったシリウスの姿を哀れに想って、必死に思ってもいない言葉を並べ立てて慰めていただろう。
女の子好きのするハンサムな顔だから。
「自業自得って知ってる?」
「…俺は何も悪い事なんかしてないし、落ち込んでもいない」
「…いっそ清々しい位だわ」
言ってやろうと思った言葉は代わりに深い溜め息になって身体から抜け出した。
…今言う事じゃない。此以上辛辣な言葉は流石に可哀想だ。
見下ろしたシリウスは、少し濡れた瞳で必死にあたしを睨み付けていた。
それでいい、遣り場の無い感情なんて全てあたしに押し付けてしまえ。
それでいつも通り大きく笑ってくれるなら何だっていい。
「失恋した位でかっこ悪いわよ、シリウス」
「ッ…俺が振ったんだよ!」
「はいはい」
さっきよりも強い眼光だったけれど、そんなの全然怖くないわよ。
だって変わらずあたしのローブの左側は小刻みに震えているもの。
「女の子位紹介してあげるわよ」
「…暫く、いい…」
「…そっ、か」
どうやら今回は真剣だったらしい。
来る者拒まず、去る者追わずの精神の彼をここまで堕とすとは、どんな魔性の女だったのだろう。
「とにかく、もうあたし夕食にしたいから」
一歩前に出れば、彼の右腕は床と水平になる。
力が入っていなさそうに左腕は投げ出しているのに、彼の右の指先はギリギリの所で私のローブを放すまいと踏ん張っている。
「…置いてなんか行かないわよ」
「慰めは要らない」
「支離滅裂って知ってる?」
それきり黙り込んでしまった彼にもう一度大きな溜め息を吐いて、無理矢理右腕を引っ張って立たせた。
そのまま半ば引きずる形で人混みを掻き分けて大広間へと雪崩れ込んだ。
願わくば、彼の悪友が彼を笑い飛ばしてくれます様に。
そうだ、此は恋じゃない。
長過ぎる友情に、少し刺激が欲しかっただけ。
手放してなんかやらない。