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□胎動
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ああ、これ生きてるんだなって実感した
陽性とか陰性とかよく分かんねー
とにかくこの腹の中に居座ってやがる奴をぶっ殺してやりたい
一秒だって早くに
予定通りに月のものが来なくても特に気にはしていなかった
夜型生活をしてみたり断食してみたり、普段から不健康の見本みたいな生活をしていたあたしだから、月のものがきちんと来た試しなんかない。
一週間位なら平気で前後する。
それでも十日、十五日、二十日…と過ぎて行けば、事の異常さに気付く
気になって気になって気になり過ぎて、煙草の本数も増えてから、トイレという間抜けな空間であたしは死刑宣告を下された。
「……は、?」
何ですかこの十って文字は、十字路ですか?
それともロザリオ?
…たかが尿であたしの体の何が分かるんだよ!
体温計に形の似た物体を、あたしはトイレの窓から投げ捨てた。(体温計とは比べものにならない位悪質だ)
そうだ、あたしは妊娠なんかしていない
している訳がない
きちんとコンドームを着けてはいなかったけど、中には出していないんだ。
あれ位で妊娠なんかする訳ないじゃん!
トイレでの一件以来、あたしはますます不健康な生活を続けた
携帯は灰皿で壊した
あいつからの連絡が怖かった
普段はあれ程死んだ魚みたいな目をしてぐうたらしているくせ、いきなり人が変わったみたいに鋭い視線で射抜く
一人でワインを三本空けて、三食きちんとコンビニ弁当
煙草は二箱
その頃の事はよく覚えていない
だけどある朝、中途半端に閉めたカーテンから覗いた朝日で朦朧とした意識が覚醒していくと、待っていたのは激しい吐き気と目眩
「っ…うえ…!」
四つん這いになったあたしの口からは赤ワインとチーズの風味が残った胃液が飛び出した
再び朦朧として来る意識に、ああ、あたし死ぬんだなって悟った
体中熱いのに、肺の辺りは嫌に冷めていて、その感覚がますますあたしを現実から追いやった。
口端から赤とも白ともつかない液体を垂れ流していると、耳鳴りがした。
二重三重に重なる音が、脊髄から脳に直線響いた。
その音に合わせて、腹が動いた
「…あんた、まだ生きてたの……?」
しぶといんだね、やっぱりあいつの遺伝子?
最近の酒と煙草に溺れたあたしの体に毒されて、もう死んだと思っていたのに
「…ごめ、んね…?」
あんたが死ぬのが先か、あたしが死ぬのが先か
先に意識を手放したのはあたしだった
意識を取り戻したあたしは、清潔そうな消毒液の匂いが蔓延する白い部屋で、ずっと泣いた。
(産んでほしい、だなんて)