short 3
□一
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彼女は虚ろな瞳で窓の外を見ていた
その視線の先を辿っても、病院の中庭の手入れされた芝生しかなく、ああ、この人の心は壊れているのだなぁと思った
「笹塚先輩は、私の憧れであり、目標でした」
先輩の名前にぴくりと肩を震わせたけれど、彼女がこちらを振り返る事はなかった
彼女のか細いうなじは、この寒さの中むき出しにされている
「仕事中のさり気ないけれど大切なフォローも、いざという時の俊敏さも、笹塚先輩にしか出来ない事でした」
無表情で何を考えているか分からないけれど、あの人は誰よりも犯罪を憎み、誰にも真似出来ない洞察力と行動力で犯人を追い詰めた
私の憧れの人
その彼を誰よりも長い間、誰よりも近くで見て来た彼女
「…その先輩の一番大切な人なら、もっとしゃんとして下さい」
「……いち、ばん…」
「私の憧れの人の一番の人なら、もっと…強く在って下さい」
彼女は真っ白なうなじを震わせて、笑った
その明らかに嘲りが含まれた笑い声で、初めて私を見た
「あいつの一番なんか、なれないよ」
どんよりとした闇色の瞳を私に向けて、薄笑いで彼女は言葉を繋いだ
「誰も、なれない」
昔、彼が私にぽつんと言った、花のような笑顔はもう、どこにもなかった
「一番に思うなら、なんで衛士は死んだの?」
笹塚先輩、どうして死んでしまったんですか
「なんで私を置いていったの?」
あなたが愛した人は、あなたを失って死にました
あなたが愛した面影はもう、どこにもありません