short 2
□世界を敵に回しても
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こんな筈じゃなかったのに
彼はあの嗄れた艶のある声で、迷いのない瞳で、あたしを追い詰めるのだろうか。
痛みで鈍った頭は、どこか遠くでそんな事ばかりを考えていた。
赤黒いかさぶたが出来始めた左肩だけが、朦朧としそうな意識を繋ぎ止めている。
簡単な仕事の筈だった。
最近怪しい動きを見せるライバルファミリーの情報を調べるだけの。
それなのに、内通者と密会している時、鉛色の空を切り裂く銃声。
(暗闇で、よかった)
一瞬の閃光で見えた、弾丸を放った人物は自分の知っている顔で。
だけれど相手はあたしが誰だか気付いていない様子だった。
それもそうだろう、普段はシャツとジーンズというラフな格好で彼にコーヒーを運んでいるのだ。
それが今は、仕立ての良いパンツスーツに黒のサングラス、いつも一つに結わえている髪は無造作に下ろしている。
それに、あたしの事なんて覚えていないかもしれない。
だって、唯の喫茶店店員と客という間柄なのだから。
『白猟のスモーカー』
通り名位は知っている。
だがまさか、週に三度程副業として働いている喫茶店に来ていたあの男がそれだったとは。
(ボスは知ってて、あたしにやらせたのか)
頭のずる賢い人だから、あたしが裏切らない様に
弱さを、優しさを持たない様に…
これは罰だ。
迷う事もなく人を殺めて生きてきたあたしへの、罰なのだ。
それなら、お願いだから
(せめて、あと少しだけでも…)
もう一度だけ、あの喫茶店で 彼に逢いたい。