パワプロ7

□ボヘミアン・ラブ
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 打てなきゃ負け。打てば勝ち。そんな打席が一番好きなんだと彼は言った。
 悪いけど私には理解出来ない。そんな思考は所詮、被虐的趣味の塊に過ぎないと反論すると、分かってないなと彼は笑った。だってそんな重圧だらけの状態で、自分の思う通りになんて動ける筈が無いと思ったからだ。
 だけどそんな彼は被虐的趣味の持ち主のようだった。地区予選でやたらと強豪校が当たる事が確定してもはしゃいでいたし、事実全ての試合が接戦になって、彼の打席で勝敗が決する状況になっていても、彼はただ一言「俺で決めてくるよ」と自信たっぷりに言ってのけた。
 結果はまあ、甲子園へ来れた訳だけれど、私はどうやら彼の事をよく知らなかったのだと痛感したものだ。これでは私が、私を知れと言えないなと思った。


「別にそんなん、どうでも良くねー?」
「そんなんって…結構重要だと思うんだけど」
「別にどうでもイイじゃんさ、互いを知らないなんてよくあるってば」


 甲子園優勝を決めて帰った後で、忙しい彼を無理やり近所のカフェに呼び出して、別れを切り出し理由も告げたら、第一声がそれだった。もしかして私は「そんなん」な存在だったのか。苛立ちが口調に現れたのか、アイスコーヒーをすすりながら彼はクツクツと可笑しそうに笑った。


「だってさ、俺自身が自分の事をあんま知らないぜー?だから別に、なつきが俺を知らなくても構わないよ。俺もなつきの事をあんま知らないし」


 さらっと言われた一言は更に私を傷付ける。でもその痛みはなんというか、程よい感じがした。例えるならば、今手に握り締めたアイスコーヒーのように、不快にならない程度の苦味のような、そんな微かな快楽。


「ただ俺は、なつきが俺を愛してくれるならそれでいい。恋愛ってそんなモンじゃねー?」


 別にゆっくり知っていきゃいい話だしさー、と言われたところで思わずビンタしてしまった。愛してるなんて、恥ずかしい言葉をこんなところで口にしない!今貴方はドラフトの目玉なのよ!新聞記者にスッパ抜かれたらどうするの!


「別に隠す程の事じゃなくねー?俺はなつきを愛してるって感情は隠したくねーよ」


 いつも以上に真剣な眼差しと嬉しすぎる言葉。私はありがとうという台詞と同時に恥ずかしさを隠すためのビンタをもう一度くれてやった。



ボヘミアン・ラブ









ボヘミアン…社会の習慣に縛られず、芸術などを志して自由気儘に生活する人。
 

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