マウンドのてっぺんで

□Chapter 2.5
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 地区予選はその後、あれよあれよという間に勝ち進み、気がつけば優勝、という状態だった。
 予選5試合中、3試合に先発し、いずれも完封した、倉岡渚。
 慌ただしくなるのは、プロのスカウトだけではなく、学校の女子もだった。



 「倉岡くーん!」


 朝、途中で偶然出会したわたしたちが校門を潜ると、途端に聞こえる黄色い声。
 うんざりしたように倉岡は溜め息を吐き、声を半ば無理やりながらも無視して、歩みを止めない。
 そう。もともと顔立ちも良い倉岡は、女子からの人気があった。
 大会前から、人気自体はあったのだが、より一層ファンが増えたようで、野球部のマネージャー志望者が、三日間で30人近く来ていた。(そしてそれを、自分のファンと勘違いした矢部先輩が近付き、結果的には追い払ったことになった。感謝。)
 今では、わたしたちがキャッチボールをしているだけで周囲が騒がしい。
 「騒がしいから、女は苦手なんだよ。」と、苦々しげに呟いていた倉岡を見て、なんとなく同情してしまったのは内緒だ。





 「ねえねえ!」


 10分間の授業休みを利用して、わたしたち聖タチバナと同じ、埼玉県大会に集まるチームのデータを整理していると、今まで話したことも無い女子が三人、わたしに向かって笑みを見せていた。
 化粧が濃くて、その顔はけばけばしい。なんとか我慢して、わたしは返事を返した。


 「…なんだ?」

 「六道さんって、倉岡くんと仲が良いんでしょ?」

 「…バッテリーを組んではいる。」

 「あのさ、この手紙、倉岡くんに渡してくれない?」



 ……は?
 その言葉に、わたしは呆気にとられた。
 目の前の女は、倉岡が好きらしい。それは分かる。
 だが、そのラブレターと思わしき物体を、本人に直接、渡すつもりは無いらしい。
 他人を通して、そんな恋愛を、倉岡は望むのだろうか。


 「…断る。
 それくらい、本人に直接渡せばいいだろう。」

 「…そう。わかった。」



 意味ありげに、その三人は目配せをして、わたしの机を去る。
 嫌な予感はしたが、これが本人のためなんだと。
 わたしは自分に言い聞かせる。





 階段から、わたしが誰かに突き飛ばされたのは、その日の放課後だった。
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