マウンドのてっぺんで

□Chapter 3.
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 1週間。
 長いようで短い期間を終えて、わたしはようやく練習に復帰できた。
 その1週間、倉岡はキャッチボールや走り込み、打撃練習などで汗を流していたらしく、投げ込みの代わりにシャドウピッチングだったことをみずきから聞き、少し罪悪感に見舞われてしまった。
 当の本人は、と言うと、毎日宣言通りにわたしを送り迎えしに来て、移動教室の授業も護衛のようにピッタリ付く羽目になってしまった。
 そんな倉岡に謝罪をしても、「別に謝るくらいなら早く怪我を治せ。」と頭を叩かれるだけ。
 だからわたしは決めたんだ。
 倉岡から、絶対に逃げないと。



 「県大会の一回戦は、西強高校とよ。」


 前日にミーティングでみずきが告げた学校の名前に、周囲がざわつく。
 それもそうだろう、西強高校と言えば、関西の帝王実業や東北のアンドロメダ、東京のあかつき大附属と並んで名高い、高校野球の名門。
 そんなチームと一回戦で当たることは、いきなりの決勝戦に近いと、誰もが弱音を吐く。


 「倉岡…対策を立て、る…。」


 倉岡を見やり、わたしは目を疑った。
 あの倉岡が、両手を膝の上で強く握りしめ、少しだけ震えていた。
 怖い物知らずの、倉岡が。


 「一番注意すべき選手は…」


 説明を続けるみずきの目が、チラリと心配そうに倉岡を捉える。マネージャーの御影の視線も、どこか不安気に揺れていた。



 「――四番の、倉岡 嘉久(くらおか よしひさ)。
 この選手は高校通算で79本のホームラン記録を持ち、一年の時からずっと、四番の座を守って来ました。
 この選手がホームランを打ったイニングは、西強が最低でも三点は入れるイニングだと、思って貰っても構いません。」


 みずきの説明が進む中、倉岡の様子が悪化してゆく。
 目を見開き、汗をだらだら流す顔色は悪く。
 わたしが気になったのは、それだけでは無い。苗字だ。
 倉岡と言う苗字――決して珍しくは無いし、だけど何故か、いや…この反応はきっと、わたしの推測を確実にする物だ。
 間違いなく、倉岡嘉久は倉岡渚の親族で、倉岡渚は苦手意識を持っている。
 倉岡に話し掛けようとすると、倉岡の唇が動く。



 『後で、話す。』


 そう、囁くように呟く倉岡は、それ以上話そうとはせず、みずきの説明に必死に耳を傾けるフリをした。
 仕方なく、わたしも説明に意識を戻す。
 それでも、あの辛そうな表情が目に焼き付いて、離れなかった。
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