マウンドのてっぺんで
□Chapter 6.
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「………。」
当てもなく、渚は街をぶらついていた。学校は早退した。
頭の中では、聖の言葉だけが響いている。
「お前の球を必要としているわたしが、馬鹿みたいじゃないか。」
その言葉が、渚の頭を金槌で打ち付けるほどの衝撃を与えた。
正直、呼び止めたかった。その言葉の意味を問いたかった。その言葉の先を聞けば、胸中にあるもやもやとした苦しみを払拭できる。そんな気すらした。
だけど、現実には渚の声が出ることはなかった。喉で引っ掛かって、空気中に霧散することはなかった。
全て、届くことはなかった。
「…つまんねえ。」
今まで12年間ずっと野球に打ち込んできて、他に趣味らしい趣味を作ったことはない。ゲームも漫画も、読んだことがない。だからこそ、いざ学校をサボってみても、何をすれば良いか分からない。街中で、一人だけ取り残されたような無情感に、襲われていた。
「…お?倉岡くんかい?」
不意に自分の苗字を呼ばれ、思わず身体が硬直する。
ポン、と右肩に置かれた手の温もりは、覚えがあるのに。
「…坂城のおじさん。」
「いけないね、サボりかい?」
ニッと笑う中年男性。リトルリーグから中学まで組んだ相手の、親父さん。
そういえば坂城青果はここら辺だっけ、と思い出している間に、店の前まで引き摺られていて。
「学校サボったなら、手伝ってくれよ!
亨(あきら)が大阪に行ってから、働き手が母さんと俺だけなんだ。」
さあ手伝って、と押し付けられた前掛けを見て、昔からこうだったな、と苦笑いする。
小学校の時から学校を度々サボっては、親友数人と一緒に手伝わされていたものだ。
親友でリトルリーグからの6年間、捕手を任せた坂城亨は、今どこに居たっけか。ああ、大阪光陰だったな。そう思い出しながら、渚は前掛けを着けて、算盤を手にした。