毛探偵
□絶対に負けられない戦いがここにある
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兄を欲した僕が罪深いと、誰が言えよう?
生まれて物心ついた時から、兄しかいなくて
奇麗な声を持ったのも、兄しかいなくて
守ってくれる人も、解ってくれる人も、愛してくれる人も―――――
僕には兄しかいなかった
遥、とあの元気で優しい声で呼ばれるのが、どんなに嬉しかったか
僕の頭を慈しんで撫でる手に、どんなに安心したか
可愛い顔に浮かぶ柔らかい笑顔に、どんなに心震わされたか
遥だけはずっと側にいて、と抱き締められた時
どんなにどんなに身体を熱くさせられたか
「異常だよ、お前さ。だって、兄弟だろ」
俺も兄貴は二人いるけど、全然理解できない。隣でラーメンを啜る彼は、冷めた目でこちらを見てくる。嘘偽りない、ノイズなしの本音だったけど、この時ばかりは苛立った。
「にーには、極一般の兄とは違うんだよ」
「そりゃ、複雑な環境だったのは、因幡さんから聞いてるし。だけどさ、お前は本当に理解できない」
野崎圭の目は、鋭い敵意につり上がっていた。
そんな環境下で、しかもお前モヤシだし
因幡さんが兄バカで過保護になったのも
お前が甘ったれの執着魔になったのも、何となく分かるよ
「だけど、何で因幡さん置いて出てくかな」
そのおかげで因幡さんは探偵になって、結果として俺は因幡さんに会えたけど。
でもさ、お前見てるとすっごくムカつくよ俺。
「あの人をあんまり心配させんな」
僕だってムカつくよ、君のこと。
にーにの助手になって、たかが一年ってとこなのに。早々に僕のにーにの懐に潜り込むなんて。
あの人には、僕以上に大切なものなんていらないんだよ。
「…………怒るよ。これ以上、僕とにーにの間に入ろうとしないで」
「俺、因幡さん好きだから」
何でそんなにハッキリキッパリ言うかな。本当にムカつく。
肺の底に不快なものが澱み溜まったみたいで、溜息で思いっきり吐き出してやった。僕が溜息を吐くのを何の感慨もない目で見ながら、彼はラーメンを食べる動作さえ全てが淡々としている。
「俺、あの人大事だから。家出もブラコンも大概にしろよな」
じゃないと、さっさと因幡さん取るからな。
「何それ……」
苛立ちが頂点に至って、顔の筋肉は怒り強張るどころか、ゆるりと口端を上げて笑ってしまった。
「ナメたこと言ってくれるじゃない。一般庶民のガキが」
「たった一つ違いだろ。あ、そう言えば因幡さんが昔、俺の方がお前よりよっぽどしっかりしてるって言ってくれたっけ」
彼もにんまりと笑って応酬してくる。コイツ、意外と腹の中は黒いのかも。
にーに、コイツに騙されないでね!
「にーには世話焼きだからね。甘やかせる奴が好きなのさ」
「あの人自身危なっかしいからな〜……実際俺、因幡さんにはすごく重宝がられてるし」
「へーえ、残念だね。にーにとじゃれてイチャイチャするのってすんごく楽しいんだよ?」
「因幡さんに涙目で、『お願い』って縋られたことある?」
「『一緒に風呂入るか?』とか、『こっちの布団来る?』とか言われたことはあるかなv」
「ふーん。昼寝の度、膝枕強請られたことは?」
何だコイツ。にーにはそんな事まで彼にお願いするわけ?
何だこのモヤシ。因幡さんはどんだけ弟にベタベタ甘々なんだ?
嗚呼、本当に
「「お前ムカつく」」
大事な大事な人を巡ってなんだ。勝たないわけにはいかないよ!