短編

□Sweet Kiss
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時計を見上げれば、時計の針はさっき昌くんが電話で私の家に来ると言っていた時刻の5分前を指している。
綺麗にメイクを直して、料理だって準備万端で、部屋も少し片付けて。
ここまで用意しておきながら、昌くんなんて来なきゃいいのになんて思っている自分がいる。
行動と思考が余りにも違いすぎて、思わず1人で失笑してしまった。

ちょうどその時家のチャイムが鳴って、玄関の扉を開けた。


「久しぶり、菜奈美」

「うん…久しぶり」


目の前に立っている昌くんはさっき舞台で見た昌くんそのもので、少しパーマのかかった髪と髭をのばした顔は私の彼氏には勿体ないと改めて思うくらい格好良い。
それから、意識しないようにしてもどうしても彼の唇に目がいってしまう。


「…何、なんかついてる?」

「えっ?いや、違うけど…とりあえずさ、中、入って」


おじゃましまーす、と私の横を通った昌くんからふわりと香水の匂いがした。
うん、この匂い。タバコと香水の香りが混ざった、昌くんの匂い。
懐かしさと愛しさから思わず飛びつきたくなったけど、それは無理矢理抑え込んだ。


「おっ、飯用意しといてくれたの?」


リビングに入るなり、昌くんは目をキラキラさせた。


「うん、今日はね、パスタ。昌くんみたいに上手く作れなかったけど」

「大丈夫だよ。菜奈美が作れば何でも美味いんだから」


…昌くん、その笑顔は反則だよ。
もう、抑え切れなくなっちゃう。

私は思わず、昌くんの胸に思いっきり飛び込んだ。


「うわっ!…菜奈美?どした?」
  
「…昌くん」

「ん?」

「昌くんはさ、私の事好き?」

「好きだよ。当たり前じゃん」


そう言って、昌くんも私の背中に腕をまわした。
「好き」って言ってくれてもさ、今日の昌くんの舞台を思い出したらちょっと疑いたくなっちゃうよ。


「…今日ね、昌くんの舞台見に行ったの」

「え?そうなの?なんだ、来てくれるなら言ってくれれば良かったのに」

「すっっっごく格好よかった」

「そっか、ありがとう」

「けど」


少しだけ離れて、昌くんの顔を見る。
昌くんは不思議そうな顔で私を見ていて、それだけで胸がずきんと痛んだ。


「あのキスは…ちょっと嫌だったな」

「…キスシーンなんて、今までもあったじゃん」

「今までのじゃなくって…」


今日の舞台の中で、ヒロインの女優さんとしていたキス。
普段、私にしてくれるような優しいキスじゃなくて、激しすぎて、壊れちゃいそうな、昌くんがちょっと怖く見えたキス。
今までの舞台だってキスシーンなんていくらでもあったけど、私にしたことのないようなキスは、今回が初めてだった。


「どうして私には、ああいう大人のキス、してくれないの?」


思わず、涙が溢れた。

昌くんはそんな私を見ると、呆れたように笑い、私の肩を引き寄せ優しくキスをした。

ゆっくりと舌を絡めてきて、体中が熱くなっていく。
しばらくしてから昌くんは唇を離した。
おしまいかな、なんて思ってちょっと気を緩めたら、わざとらしくリップ音をたててもう一度私の唇に触れるだけのキスをした。
離れた昌くんの顔を見れば、唇が濡れていて、ものすごく色っぽい。


「俺、あんまああいうの好きじゃないんだよね。激し過ぎるとさ、なんか無理矢理してるってか、相手を感じれないと思うから」

「でも、」


私は言葉を言いかけたが、最後まで言えなかった。
昌くんが優しく笑って、私の唇に指でそっと触れたから。


「今みたいな甘いキスはお嫌いですか?お嬢さん」


…だから、反則。
恰好良すぎるよ、昌くん。


「好き、です」

「よし、いい子」

「じゃあ…ご飯、食べ、よっか」


ちょっとお酒に酔ったみたいに頭がくらくらになりながらもさっき準備しておいた料理をテーブルに並べようキッチンに向かおうとすると、昌くんが私の腕を引っ張った。
 
少しよろめきながら引っ張られたから、あっという間に私の体は昌くんの胸の中。


「ねえ、」

「な…何?」

「飯より先に菜奈美食べたいんだけど。駄目?」

「…いいよ」


私がそう返事をすれば、昌くんは私の唇にさっきよりも、もっともっと甘くて優しいキスを落とした。





Sweet Kiss














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