短編
□照れ屋の君へ
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「…剛?」
「ん?」
「どしたの?」
「んー」
さっきから、止まることなく動く剛の右手。
その右手は、ソファに座る私の髪の毛を触っている。
「面白い?人の髪の毛触るの。あ、ひょっとして髪フェチ?」
「黙ってろ」
…あれ、今日は一段とご機嫌ナナメ。
仕方ないから、剛に髪の毛を触られっぱなしのまましばらくじっとしてみた。
「…お前さ、他の男髪の毛触られたことある?」
「え?んー…まあ、そりゃあるでしょ」
「誰?」
「誰って…美容師さんとか…元彼、とか?」
私がそう言うと、ずっと動いていた剛の手がぴた、と止まった。
「…しょうがないでしょ、彼氏だった人なんだから」
「…そーだけどさあ」
私の髪から剛の手が降りたから、ちょっと気になって横目で剛を見てみれば、あからさまにふて腐れた顔をしている。
その表情が子供みたいで思わず笑ってしまった。
「笑うなよ!」
「ごめんごめん、だって剛、幼稚園児みたいなんだもん」
今度は顔を真っ赤にして手で口を抑えてる。
本当、子供みたい。
「…だって、嫌じゃん、やっぱ」
「何が?」
「俺のもんだし」
「…私?」
「ぜんぶ。菜奈美も、菜奈美の髪も、唇も、体も…全部」
剛はそこまで言うと、顔を上げて、私の唇に軽くキスをした。
「…そだろ?」
もう、耳まで真っ赤ですけど。
だけど多分、私も剛に負けないくらい赤くなってるんだろうな。
私は、そうだねという答えの代わりに、剛に勢い良く抱き着くと剛の耳元で「だいすきだよ」と囁いた。
照れ屋の君へ