短編

□CARAMEL-VOICE
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もうどれくらいの時間、こうして薄暗い寝室の天井を見つめているんだろう。
何度寝返りをうっても何度目をつむっても、頭の中で繰り返される会社での上司の言葉。
思い出したくもないのに思い出してしまう、あいつの顔と声。

“もっと笑顔つくれないの?愛想笑いでもいいからさあ”

“君、彼氏とかいないでしょ?見るからに男運なさそうだしねえ”

多分、こういうの一種のセクハラって言うんだと思う。
同期の友達にも気にしない方がいいよなんて言われるけど、こう毎日毎日あんな事ばっかり言われてると、もう気にしないようにするのも難しくなってくる。
考えるのを止めようとすればするほどあいつの声が大きく聞こえてくる気がして、気が付いたら涙が止まらなくなっていた。


「健くん…」


無意識に彼の名前を呼んでいた。
会いたいよ。健くんに会いたい。
声が聞きたい。

時計を見上げるとすでに2時を回っている。
迷惑かな、こんな時間に電話なんて。
枕元の携帯に手を伸ばし、何度も閉じたり開いたりを繰り返してみる。

じゃあ、コール音が5回しても健くんが出なかったら諦めよう。

1人で勝手にそんなルールを決めて、健くんの番号に電話をかけた。

1回。2回。
心の中で数えてみる。

3回、4回…
出ないよね、当たり前か。
そう思い携帯を切る準備をしていたら、5回目のコールの途中にがちゃ、と音がして、彼の声が微かに聞こえた。
眠そうな、ただの吐息みたいな声だけど、確かに「菜奈美ー」「どしたの?」と言っている。


「あっ…ごめんね、こんな夜遅くに」

「んあ…だいじょーぶ。どした?おやすみコールしたくなった?」


甘い甘い、彼の声。
聞いているだけで、すっとさっきまでの不安もあいつの声も消えていく。


「…すごいね、健くん」

「んー?なにが?」

「んーん、何でもない。ちょっと声聞きたくなったの」

「…会社でなんかあった?」


何でだろ。健くんってこういう時だけ変に勘が鋭い。


「何にもないよ、大丈夫」
 
「嘘つけ、泣いてる」
 
「え…」
 
「もしくは泣きそう。違う?」

「違…くない」


はあ…という彼のため息とちょっとの沈黙の後、「あと30分だけ起きてて」という短い言葉が聞こえて、ぷつり、と電話が切れた。

夜中にも関わらずあのキャラメルボイスの持ち主が家にやって来て私を強く抱きしめてくれたのは、あと、ほんの少し、後の話。





CARAMEL-VOICE








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