短編

□アンコール
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「菜奈美、」


夕食の後、剛は自分の財布から1枚の紙を引き抜くと、机の上に乱暴に置いた。


「何これ」

「来いよ、ちゃんと」


紙を持ち上げて見てみると、剛が所属するグループのコンサートチケットだった。
チケットと剛を交互に見てみる。
目が合うと、「早くしまえ」と顔を真っ赤にして目をそらされてしまった。
つまり、このチケットに書いてある日にちにコンサートに来いということらしいけど…


「何でそんなに照れてるの?」

「え、」

「いつもだったら普通に『チケット取れたから来いよ』で終わるのにさ、何でそんな照れ」

「てっ、照れてねえよ!」


私が言い切らないうちに剛がこっちを向いて思いっ切り怒鳴った。
けど、顔が真っ赤だったり声が裏返ってたり、色々と可愛いことになってる。

剛は席を立ち上がると、「照れてねえかんな!!」とか何とか言いながら寝室へ逃げてった。


「なにあれ」


よく分からないけど、私はそのチケットを大事にお財布へしまった。



コンサート当日。
私のチケットに記載されていた時間は夕方からで、なんとか会社を抜けて会場へ来ることができた。

会場に入ると、すでに興奮を抑えきれないファンの子が溢れかえっている。
私の席は、あまり良い席ではない。スタンド席の、後ろの方。
まあメンバーの彼女なんかを関係者席に座らせるなんてありえないもんね。
1人でそう納得しながら電源を切ろうと携帯を取り出すと、『新着メール1件』と 表示されていた。


『アンコール終わるまで帰るな。絶対』


絵文字の一切使われていないメール。
相変わらず剛らしい文面だけど、どうしてわざわざこんなメールしたんだろうなんて思いながら返信を打った。


『分かってるよ。最後までいる予定です』

 
送信ボタンを押してから電源を切ってバッグにしまうと、会場の照明が落ちて暗くなり、コンサートが始まった。


コンサート中は、周りのファンの子と同じくらい盛り上がって、とにかく楽しかった。
何度かメンバーが私の方の席を見ては剛に視線を移す姿が見えた。多分、私が来ている事に気付いたんだと思う。剛は私の方を一切見なかったけど。
チケットを渡してきた時の態度と言いさっきのメールと言い、何か違和感が感じられる。

それでも、楽しい時間が過ぎるのは本当にあっという間で、気付いたら2回目のアンコールも終わろうとしていた。


「ばいばーい!」
「ありがとう!」
「また会おうぜーっ」


メンバーが思い思いの言葉を口にしながらはけていく中、三宅さんと剛だけがステージに残った。

三宅さんは、客席を見渡し投げキッス。笑顔で舞台袖にはけた。
これはよくやるよね。コンサートは毎回来てるから、ここまでは想定内。

けど、剛がいつまでたってもステージに残っている。
何だろう、と客席が静まり返ると、剛は大きく息を吸い、マイクを通さずに、思いっ切り叫んだ。


「愛してる!!!」

 
真っ赤な顔をした剛が袖にはけてからも、客席は興奮しっぱなし。
黄色い声が飛び交う中、私は1人、席に座り込んだ。
ああ、こういうことね。だからこの間変な態度だったり最後までいろだとか言ったりしたんだ。

胸に手をあてると、壊れるんじゃないかと思うくらい心臓が激しく動いている。

もうコンサートも終わったようだから慌てて会場の外へ出て剛に電話をかけると、5コール目でようやく電話が繋がった。


『ん、』

「もっ、もしもし!」

『なに』

「…何?」

『んだよ、用ないなら切るぞ』

「あっ、ちょっと待って!…剛、」

『ん』

「…私も、だよ」


私がそう伝えると、剛は黙り込んでしまった。
電話越しでも分かる。きっと剛は今楽屋の隅っこで口を押さえ顔を真っ赤にしながら携帯を握りしめているんだろう。


『…知ってるから言った』


彼がやっと絞り出した言葉はなんだか弱々しくて。
にやけてしまうのを我慢しながら、携帯を握りしめて、「ありがとう」と、心の底から呟いた。




アンコール






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