短編

□嫌い、大嫌い
1ページ/1ページ



「なあ…頼むからさ、」


泣くなよ、もう。

博くんが、ゆっくりと私の頭を撫でる。

泣かしたのは誰よ。

俯いたままそう言えば、ごめん、と、頭から手を離した。
嘘。やっぱりもっと撫でて?きっともう明日からは、貴方にこんな事してもらえないんだから。


「ごめんな…、ごめん、菜奈美」


もう謝らないで。私がどんどん惨めになる。
本当はね、全部知ってたよ。私以外に好きな人がいるだとか、私から気持ちが離れてるだとか。
ただ怖くて、言えなかっただけ。

博くんは今にも泣きそうな声で私にもう一度、「ごめん」と呟いた。

なんで私に謝ったりするのよ。
なんでそんなに優しくするのよ。
これじゃあ貴方の事嫌いになれない。


「博くん、」

「……ん?」

「…きらい」

「…うん」

「嫌い」

「ごめんな」

「嫌い」

「菜奈美、」

「嫌い」

「もう俺みたいな酷い奴好きになるなよ?」

「……」

「幸せになれよ」

「…ひろしく、」

「じゃあね」


顔をあげて博くんを見ると、博くんは泣きそうな顔で私に笑ってみせて、部屋を出て行った。

彼の優しさも、笑顔も、彼のすべてが、嫌いで嫌いで嫌いで、大嫌い。
そう思えば思うほど、心の奥から何かが潰れる音が虚しく聞こえてきて、私はただ、その場で泣くことしかできなかった。




嫌い、大嫌い









 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ