短編

□幸せすぎて怖い
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『新婦様控室』

そう貼紙された扉をゆっくり開けると、ちょうど着替えを終えた菜奈美と目があった。


「快彦…」

「…すっげえ綺麗」


真っ白いウエディングドレスを見にまとい、メイクも髪型もいつもとは違う菜奈美に、本気で見とれてしまった。

こんな綺麗な花嫁の横に俺みたいなのが並んじゃって本当にいいのかな?


「ちょっと快彦、口開いてるってば(笑)」

「…え、開いてた?」

「うん、アホみたいな顔してた(笑)」

「アホとか言うなよ!」


ごめん、言わないよなんて言いながら笑う菜奈美の笑い方も、いつもと少し違う気がする。
雰囲気が違うと仕草なんかも違く見えるのかな。


「でもさ、」

「何?」

「本っ当に綺麗」

「…やめてよ、照れるから」


ほんの少し頬を赤らめて目を逸らす菜奈美を心から愛おしく思い、俺は思わず菜奈美を抱きしめた。


「ちょっ、髪型崩れちゃうよ、あと快彦のスーツにメイクついちゃうし!」

「大丈夫だよ、そんな強く抱きしめてないから」


細くて柔らかい菜奈美の体は俺の腕の中に余裕で収まり、良い香りのする菜奈美の髪はちょうど俺の顎辺りの位置にくる。
この優しい時間が、いつまでも続けばいいのに。

少しだけ体を離して菜奈美と見つめ合う形になり、どちらからともなく顔を近づける。
唇があたるまであと数ミリ、というところでドアノブを回す音が聞こえ、俺達は慌てて離れた。


「井ノ原くーん!おわっ、菜奈美ちゃん超キレイ!」

「おー菜奈美ちゃんだ。やっぱ井ノ原くんにはこんな可愛い子もったいなくねえか?」

「お取り込み中ごめんなー、井ノ原くん」


ドアノブを回したのはカミセンの三人だった。
三人共華やかなスーツでビシッと決め、さすがアイドル!なんて思わされる。(いや、俺もアイドルなんだけどね)
つか岡田、お取り込み中って…分かってんなら入ってくんなよ!


「でもまさか井ノ原くんが結婚なんてねえ!なんで菜奈美ちゃん、井ノ原くんにしちゃったの?」

「そうだよなあ、健!菜奈美ちゃんどうした?一時の気の迷いか何かか?」

「お前らなあ…」


ぎゃあぎゃあと質問攻めをする剛と健を見て、菜奈美はおかしそうに笑っている。
とりあえず邪魔なガキ二人を廊下に投げ出すとようやく落ち着き、部屋の中には俺、菜奈美、岡田の三人になった。


「あ、そういえば岡田、坂本くんと長野くんは?」

「あの二人もちゃんと来てるよ。ロビーにいる。控室行こうって誘ったんやけど、井ノ原の晴れ姿見たら泣く〜とか言って来なくって」

「もー、何言ってんのあの二人(笑)」

「保護者の気持ちなんだよ、二人とも」


じゃあ俺も戻るわ、と言いながらドアノブに手をかけた岡田は、ふと何かを思い出したように立ち止まり俺らの方を振り返ると、


「お幸せに」


と微笑み、部屋を後にした。

三人がいなくなり、控室はまた静かになる。


「…快彦は人に恵まれてるよね」

「そうかな」

「うん。坂本さんも長野さんも、剛くんも健くんも岡田くんも…みんないい人」

「そうかもな」


メンバーだけじゃなくて、結婚相手にも恵まれたよ。…なんて言える訳ないから、そのかわりに、菜奈美のスキを見て触れるだけのキスをした。
唇を離して目に入るのは、菜奈美の幸せそうな笑顔。


「…幸せそう」

「快彦もね」

「幸せ?」

「すっごく」

「俺も」

「そろそろ…時間かな」

「じゃあ、行こうか」


そう言って手を差し延べれば、菜奈美は恥ずかしそうに俺の手を握った。


「ねえ、快彦、」

「ん?」

「これからずっとずっと、一緒にいようね」


幸せすぎて怖いって、こういうことを言うんだろう。
握った手を引き寄せると、もう一度だけ、菜奈美の唇にキスをした。





幸せすぎて怖い








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