短編
□魔法の言葉
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「ねえ、昌行」
「んー?」
「私の事、好き?」
「好きだよ」
「…愛してる?」
「うん、当たり前じゃん」
ほら、また。
昌行は、どうした?と私の顔を覗き込むけど、なんでもない、おやすみ、と、そっけなく答えて寝室に逃げ込んだ。
ダブルベッドに勢いよく飛び込み枕に顔を埋めると、微かに昌行の匂いがして、涙が溢れそうになる。
昌行はいつだってそう。愛してる?て聞いても、返ってくる答えはいつも同じ。
うん。
そうだよ。
当たり前じゃん。
「好き」は言ってくれるのに、「愛してる」だけは今まで一度も言ってくれたことがない。
最近はもう、シャイとか恥ずかしがりとかそういう問題じゃない気がしてきた。
二年前、私から想いを伝えて昌行がその気持ちを受け入れてくれて、最初からすでに彼は、「愛してる」なんて言ってくれなかった。
なんで付き合ってるんだろう。
なんで同棲してるんだろう。
疑問に思えば思うほど私の不安は高まって、ついに涙が枕を濡らした。
その時、ドアの方に人の気配がした。昌行が寝室に入ってきたらしい。
私は布団の中に潜り込みドアの方を見ないままベッドの端っこまで寄って、ぎゅっと目をつぶった。
同時にまた数滴、涙がこぼれる。
「菜奈美、」
呼ばれても返事をしないでいると、昌行は私の横へ来て毛布の中に潜り込んだ。
背中に微かに彼の体温を感じるけど、振り向かずにただ目を強くつぶる。
「…どうしたんだよ、急に怒りだして」
どうもしない、勝手に自己嫌悪に陥ってるだけだから、今は独りにして。
「俺、何かした?言ってよ、でなきゃ俺分かんねえからさ」
「…昌行は、」
黙ってても何も始まらないし。何なら別れちゃおうかな。
そんなことを考えながら、さっきの質問を繰り返した。
「私の事、好き?」
「…うん、だから好きだって」
「愛してる?」
「もちろん。何、疑ってるの?」
ほら、それだけだ。
「愛してる、って言ってよ…」
「菜奈美…?」
「好きだよは言ってくれるけど、愛してるよって、ちゃんと言ってよ…でなきゃ信じられない、愛されてるなって思えないよ」
そう言っていると次第に涙が止まらなくなった。
そんな私を昌行は後ろから優しく抱きしめた。
「菜奈美、最後までちゃんと聞けよ?」
「…うん」
「俺は、今好きな女には「好き」って言う。「愛してる」は、一生一緒にいたいと思える女にだけ、言いたいと思ってる」
「……うん」
「菜奈美、」
「…」
「好きだよ」
…つまり、私は貴方と一生一緒にはいれないってことなんだ。
昌行の腕を解き、ゆっくり起き上がる。
なあんだ。そういうことか。昌行は私のこと、今このときだけ近くにいれればいい相手だったんだ。これから先もずっとずっと、一緒に笑いあって入れればなあなんて夢見ていたのは、私だけだったんだ。
「…昌行、私、」
「まだ話終わってない」
昌行も体を起こし、私を向き合う形に座りなおされたが、私は彼の顔を見ず目をそらしたまま。
左手を掴まれる。それが嫌で振りほどこうとするが、さすがに男の人の力にはかなわない。
すると、何か冷たいものが手に触れた気がした。
目を落とすとそこには、左手の薬指にはまる、綺麗に輝くシルバーリング。
そこでようやく顔をあげ、私は昌行の顔を見た。
「…なに、これ」
「指輪」
「分かるけど、」
「菜奈美、」
そして一呼吸置いて、昌行はまっすぐ私の目を見たまま言った。
「愛してる」
私も馬鹿じゃないから、今の言葉にどんな意味が込められていたかくらいは分かっている。
とにかく嬉しくて、嬉しくて、私は昌行に思い切り抱き着いて、声を上げて泣いた。
「お前なあ…何メソメソしてんだよ、ちゃんと喜べっつのせっかく言ってやったのに」
「…っだって、昌行、が、っ」
「はいはい」
優しく頭を撫でてくれる昌行の手は、大きくて、温かかった。
「あのさ、」
「ん…」
「答え、聞かせてほしい」
「…うん」
「菜奈美、愛してるよ。…菜奈美は?」
答えなんか決まってる。
私は昌行から離れると、彼の目をまっすぐ見て言った。
「私も、愛してる」
魔法の言葉
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