短編

□君色ヘア
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失恋したら髪を切る。
そんなベタな事、この平成の時代にする人なんているのかなあ?とつい最近まで思ってた。

…が。
いるんだな、これが。
今、俺の前に座ってる女の子。


「今日はどうしますか?もうちょっと軽くする?」

「短くしてください、ばっさり」


俺の働くヘアサロンにいつも来てくれている常連さんで、いつも俺を指名してくれる菜奈美ちゃん。
俺の問い掛けに、鏡の中の自分を真っすぐ見たまま何かを決心したかのように答えた。


「え、切っちゃうの?せっかくここまで伸ばしたのに」

「もういらなくなったの」


ああ…そういうことか。
気付かずにデリカシーのない事を聞いた俺って馬鹿だなあなんて反省しつつも、彼女の髪を手でとかした。
少しパーマのあたった、栗色のロングヘア。
このパーマをあてたのも髪を染めたのも俺だ。
あの時この子は、「彼氏が好きな髪型だから」って嬉しそうに話してた。
彼のこと、好きだったんだろうな、きっと。
けど、今はもう違う。この子は変わろうとしてるんだ。


「…思いっ切り短くするよ」

「はい」

「ちょっと染めたりしても平気?」

「何でも。三宅さんに任せます」


だったら、忘れさせる、俺が。
君が、前の彼を思い出さなくて済むように、彼との思い出のひとつを、俺が変えてあげる。

髪を染め直して、容赦なくハサミを入れる。
その間、菜奈美ちゃんは一度も鏡に写る自分を見ようとしなかった。

数時間して、俺がハサミを置いたのを合図に菜奈美ちゃんはようやく鏡を見て、鏡の中の自分と目が合った瞬間、目をまんまるにしてみせた。


「これ…」

「どうかな、気に入らなかった?」


菜奈美ちゃんが思いっ切りかぶりを振ると、切ったばかりの短い髪がさらさらと揺れてみせた。
色は栗色のままだけど、前髪だけ微かにオレンジのメッシュが入り、うなじが見えるくらい短くなった髪は、切った俺がびっくりするくらい、彼女に似合っている。


「すっごい可愛い…」

「でしょ?やっぱさすがだわ俺!…そっちのがずっと似合ってるよ」


もう伸ばすのやめな。
耳元でそう囁いてあげれば、彼女は少し頬を赤らめて、また頷いた。

オレンジはね、俺の好きな色。
もう誰色にも染まらないで。(俺のものになって。)
そんな意味がこめられてるの、
君は気付いてるかな?
…気付いてなくてもいいや。
いつか、俺のものにしてみせるから。





君色ヘア







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