短編

□明るい笑顔と未来と
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 目の前の白い棒をじっと見つめる。

 ため息をつく。

 准一の真っ直ぐな瞳を思い出す。

 目と鼻がじんわり熱くなる。

 こんなことを繰り返して、
 一体どれくらいの時間が
 経ったんだろう。

 さっきまで夕焼け空が
 見えていた窓の外は、
 真っ暗闇になり、
 白い街灯が霞み輝いてる。

 ああ、准一ももうすぐ帰ってくるかな。
 これ、准一に何て
 説明すればいいんだろう。

 突然、同棲している彼女から
 妊娠検査薬を渡されて
 妊娠しました、あなたの子です
 なんて言われたら、
 混乱するに決まってる。

 下ろしてくれと言われたら?
 別れてくれと言われたら?

 彼の職業上、
 きっとそんな結果になる。

 いくら3年も付き合っているとはいえ、
 いくら1年間同棲してきたとはいえ、
 彼氏に捨てられるのは
 案外呆気ないものだと聞く。

 どうせ私なんて簡単に
 くしゃくしゃポイされてしまう。

 どうすればいい?
 どうしよう。

 自分でも混乱したまま
 ただじっとしていると、
 玄関の方から鍵を開ける音がした。

 慌てて妊娠検査薬を
 ポケットの中に隠し、
 暴れだした心臓を
 必死に抑えようと試みる。


 「ただいま、菜奈美」

 「お、おかえりなさい」


 スリッパの音と共に帰ってきた准一は
 外が寒かったのか
 鼻の頭が少し赤くなっている。

 荷物を下ろし、上着を脱ぐ准一を
 じっと見つめていると、
 不思議そうに私に近づいてきた。


 「どしたん、そんな見て」

 「…あの、」


 言うべきか、言わないべきか。

 言って、現実を
 突き付けられるのは怖い。

 でも、今言わなかったら
 言い出す時がなくなってしまう。

 頑張って口を開こうとした時、
 思わず、さっきから我慢していた涙が
 とうとう溢れ出してしまった。


 「何泣いてん、
  なんかあったのか〜」


 少し笑いながら
 子供をあやすように
 私を軽く抱きしめてくれる准一だけど、
 そんな彼の優しい動作さえも、
 今は私の感情をぐちゃぐちゃにする
 材料にすぎない。

 心の底から申し訳ない気持ちになって、
 彼の胸の中で
 ごめんね、ごめんね
 と繰り返していると、
 私の様子がおかしいのに気付いたのか、
 私の顔を覗き込んできた。


 「菜奈美、
  …菜奈美」

 「………」

 「何かあった?」


 顔を上げると、真っ直ぐな
 准一の瞳と目が合う。

 それだけで
 私の心臓は押し潰されたように
 苦しくなる。

 泣くのをやめないまま、
 私は腹をくくって
 ポケットからさっきのものを出して
 准一に渡した。


 「これって、」

 「…うん」

 「妊娠検査薬?」

 「病院は行ってないから、
  まだほんとかどうかは
  分からない…」

 「でもこれ、陽性、ってことやろ?」

 「うん」

 「赤ちゃんができた
  ってことやろ?」

 「……うん」


 ああ、私はもう
 准一に捨てられるのかな。
 もうちょっとだけでいいから、
 准一の傍にいたかったな。

 そんな事を思いながら目を伏せると、
 また少し、涙の粒が零れた。

 私の体が強く
 抱きしめられるのを感じたのは、
 そのすぐ直後。


 「…准一?」


 名前を呼んでも胸を叩いても
 准一は離れようとしない。

 そのかわり、優しく頭を撫でてくる。


 「じゅん、いち」

 「菜奈美、」

 「…うん」

 「おめでと」

 「え、」


 そして准一は
 体をそっと離して
 私の目を見つめて、


 「結婚しよう、菜奈美。
  俺との子供を産んでください」


 そう言って、微笑んだ。

 悪い結果しか考えていなかった私には
 その言葉がいまいちピンとこなくて
 とりあえず頷いてみて、それから
 ただ准一を見つめ返していると
 何アホな顔してんねん
 なんて、軽く笑われた。


 「…だって」

 「なん?」

 「だって准一が
  変なこと言うから…」

 「俺のせいかいな(笑)」

 「結婚って、」

 「うん」

 「結婚?」

 「うん(笑)」

 「私でいいの?」

 「菜奈美がいいなら」

 「産んで、いいの?子供」

 「当たり前やろ。
  下ろすとか言ったら俺が怒る」

 「じゃあ…産み、ます」

 「おん。これで病院行って
  “実は子供出来てませんでした”
  とか言ったら笑えるけどな(笑)」


 笑って、また私の頭を
 優しく撫でてくれる准一を見ながら、
 生まれてくる子も、准一のような
 笑顔の持ち主だったらいいな
 と思った。





明るい笑顔と未来と
















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