Heaven's Lost Property SS
□花咲く空に花咲く笑顔を
1ページ/3ページ
ほぼ完璧な和洋折衷の家。その居間のソファーの上。
『う――――ん』
とある事情で日常が一変し、非日常へと変化してしまったとある少年は、非日常の品物で表示されているモニターをジイッと眺めている――というよりか睨んでいると言った方が的確かもしれない。
『何かいいのないかなぁ……』
彼、天神輝が睨んでいる画面には『女の子をより自然に笑わせるには』といった旨のことが書かれていた。
その瞳の奥の紫色が、何を求めているかなどと言うのは、もはや言わずもがなだ。
彼は、一つ屋根の下に暮らしている少女――イカロスの事で悩んでいるのだ。
実際問題、彼女についての悩みは絶えない。――お使いには飛んで行こうとしたり、起きようとすれば目の前に顔があったり、ふらふらとどこかへ行ってしまったり――。まぁ、例を挙げてしまうとかなりたくさんある。
そんな中、天神が一番気になっている事が、彼女の笑顔だ。
彼女と一緒に住む事になったあの日から、もう随分時間は経過した。天神には、空美町でイカロスの事を誰よりも理解しているという自負がある。何よりも、いつも一緒にいたのだから。
しかし、彼はイカロスの笑顔を一度も見たことがないのだ。だからこそ気になってしまう。
(イカロスは俺といて楽しいのかなぁ)というふうに。
「どうかしましたか? マスター」
不意に声がかかり、そちらを見てみると、湯呑みが乗ったお盆を持ったイカロスがいた。
イカロスは普段の、何と言うか、形容しがたい服装ではなかった。上はタンクトップにパーカーを着、下はボーダーの入ったスカートを履いていた。
質素。というより、シンプルイズベストの服装だ(一応れっきとしたブランド物)。それが非常に似合っているのはひとえに、スタイルとルックスが最高にいいからであろう。
「お茶です」と言って彼女は、ソファーの前にあるテーブルにお茶を置いた。
天神は礼を言うと、居住まいを正しお茶を啜った。
濃さも、温度も抜群にちょうどいい。
『イカロスは本当に茶ぁいれるの上手いよな』
「ありがとうございます。あの……マスター? さっき、何を見てらしたのですか?」
首をちょっと傾げるその姿は、なんだかちょっと犬っぽい。
『いやさ、どっか出かけようかと思って』
「お出かけ……ですか?」
『イカロスは、出かけたくなかったりする?』
「いえ、私はマスターについていきますから」
やれやれといった感じで、天神は額に右手の平をつけた。イカロス自身の気持ちを聞いたのに、遠回りされてしまった。どうにか標準ルートはないものか……。
『俺はね? イカロスに聞いてるわけ』
「え…?」
『マスターとか関係なく、イカロスが行きたい場所とか、ないの?』
イカロスは僅かに考える素振りを見せると、すぐに口を開いた。
「それでも私は、マスターに……、いろんなところに連れていってもらうことが…、嬉しいので―――」
天神は僅かに面食らったような表情を浮かべた。彼女から、楽しい嬉しいとかの意思が聞けるとは思ってなかったからだ。
『ん…、そっか。ならどこでもいいってことか』
「はい」と言ってコクリと頷いた。なんだかそれが信頼とかそういう感じだと思うことができて、
「……あ」
天神はイカロスの頭を優しく撫でた。甘いようないいにおいが鼻腔をつついた。それはやはり女の子特有のもので、天神は少しドキッとした。だがまぁそれは置いておこう。―――ついつい頭を撫でてしまうのは、癖とかに近いと思う。もちろん親しい人にしかやらないが。
撫でた時に少しだけ目を細めて、ほんの少しトロンとしたイカロスを見る限りでは、別に嫌ではないらしい。
天神はそこに安堵する。信頼を置いているのが、一方通行ではないと教えてくれた気がするから。
「マスターは、どこか行きたいところがあるのですか?」
イカロスが撫でられた状態のまま聞いてきた。やはり嫌な訳じゃないんだ。
『ん〜……、そーだなぁ……』
天神は依然としてイカロスの頭を撫でている。そして、彼女の桃色の髪の毛に気付いた。
『そうだ!』とイカロスの頭から手を離し、左の手の平と右手の拳をポンッと打ち付けた。
天神は『素粒子具現形成計算装置-Gaia-』を操作した。
『どう? これ』
そういって両手の人差し指を立てて、目の前でクルッと回した後に自分の横を指差した。
モニターには一面に桃色が表示されている。
『じゃーん。「お花見」なんてどうだ? 綺麗だぞぉ』
「お花見?」
『そっ。今の時期じゃなきゃできないんだぜ。今日は晴れてるし、多分最高に綺麗。イカロス花嫌いじゃないだろ?』
「はい…。でも急にどうしたのですか?」
『ンァ? あぁ、イカロスの髪の毛と桜の花って同じ色だなぁって思ってさ』
天神は右手を横に少し振り、ガイアを閉じると立ち上がった。
『よしっ。そうと決まれば善は急げだ。んじゃ俺用意してくっから、ちょっと待ってて』
天神はそう言うと、ドアの向こうにいなくなった。
「マスターと、お花見…」
誰もいなくなった居間で、イカロスは小さく零した。そっと胸の中に染み込ませるかのように。そっと、そっと。
(まただ……、やっぱりマスターと一緒だとふわふわする…)
その気持ちを形容する術を、まだ彼女は知らない。その気持ちが何なのかすらわからないのだ。
胸に手をあててみる。どうしてやったのかはわからないけれど、答えが知れる気がしてやってみた。
(やっぱり、わからない…。この気持ちはなんなんだろう)
心躍る気持ちの名前。それを何とか知りたい。
(宿題の答え…、見つかるのかなぁ…)
――*――
→
次へ
[
戻る
]
[
TOPへ
]
[
しおり
]
カスタマイズ
©フォレストページ