Heaven's Lost Property SS

□花咲く空に花咲く笑顔を
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ほぼ完璧な和洋折衷の家。その居間のソファーの上。



『う――――ん』



とある事情で日常が一変し、非日常へと変化してしまったとある少年は、非日常の品物で表示されているモニターをジイッと眺めている――というよりか睨んでいると言った方が的確かもしれない。




『何かいいのないかなぁ……』




彼、天神輝が睨んでいる画面には『女の子をより自然に笑わせるには』といった旨のことが書かれていた。



その瞳の奥の紫色が、何を求めているかなどと言うのは、もはや言わずもがなだ。



彼は、一つ屋根の下に暮らしている少女――イカロスの事で悩んでいるのだ。



実際問題、彼女についての悩みは絶えない。――お使いには飛んで行こうとしたり、起きようとすれば目の前に顔があったり、ふらふらとどこかへ行ってしまったり――。まぁ、例を挙げてしまうとかなりたくさんある。



そんな中、天神が一番気になっている事が、彼女の笑顔だ。



彼女と一緒に住む事になったあの日から、もう随分時間は経過した。天神には、空美町でイカロスの事を誰よりも理解しているという自負がある。何よりも、いつも一緒にいたのだから。



しかし、彼はイカロスの笑顔を一度も見たことがないのだ。だからこそ気になってしまう。




(イカロスは俺といて楽しいのかなぁ)というふうに。




「どうかしましたか? マスター」




不意に声がかかり、そちらを見てみると、湯呑みが乗ったお盆を持ったイカロスがいた。



イカロスは普段の、何と言うか、形容しがたい服装ではなかった。上はタンクトップにパーカーを着、下はボーダーの入ったスカートを履いていた。



質素。というより、シンプルイズベストの服装だ(一応れっきとしたブランド物)。それが非常に似合っているのはひとえに、スタイルとルックスが最高にいいからであろう。



「お茶です」と言って彼女は、ソファーの前にあるテーブルにお茶を置いた。



天神は礼を言うと、居住まいを正しお茶を啜った。



濃さも、温度も抜群にちょうどいい。




『イカロスは本当に茶ぁいれるの上手いよな』



「ありがとうございます。あの……マスター? さっき、何を見てらしたのですか?」




首をちょっと傾げるその姿は、なんだかちょっと犬っぽい。




『いやさ、どっか出かけようかと思って』



「お出かけ……ですか?」



『イカロスは、出かけたくなかったりする?』



「いえ、私はマスターについていきますから」




やれやれといった感じで、天神は額に右手の平をつけた。イカロス自身の気持ちを聞いたのに、遠回りされてしまった。どうにか標準ルートはないものか……。




『俺はね? イカロスに聞いてるわけ』



「え…?」



『マスターとか関係なく、イカロスが行きたい場所とか、ないの?』




イカロスは僅かに考える素振りを見せると、すぐに口を開いた。




「それでも私は、マスターに……、いろんなところに連れていってもらうことが…、嬉しいので―――」




天神は僅かに面食らったような表情を浮かべた。彼女から、楽しい嬉しいとかの意思が聞けるとは思ってなかったからだ。




『ん…、そっか。ならどこでもいいってことか』




「はい」と言ってコクリと頷いた。なんだかそれが信頼とかそういう感じだと思うことができて、



「……あ」



天神はイカロスの頭を優しく撫でた。甘いようないいにおいが鼻腔をつついた。それはやはり女の子特有のもので、天神は少しドキッとした。だがまぁそれは置いておこう。―――ついつい頭を撫でてしまうのは、癖とかに近いと思う。もちろん親しい人にしかやらないが。



撫でた時に少しだけ目を細めて、ほんの少しトロンとしたイカロスを見る限りでは、別に嫌ではないらしい。



天神はそこに安堵する。信頼を置いているのが、一方通行ではないと教えてくれた気がするから。




「マスターは、どこか行きたいところがあるのですか?」




イカロスが撫でられた状態のまま聞いてきた。やはり嫌な訳じゃないんだ。




『ん〜……、そーだなぁ……』




天神は依然としてイカロスの頭を撫でている。そして、彼女の桃色の髪の毛に気付いた。



『そうだ!』とイカロスの頭から手を離し、左の手の平と右手の拳をポンッと打ち付けた。



天神は『素粒子具現形成計算装置-Gaia-』を操作した。




『どう? これ』



そういって両手の人差し指を立てて、目の前でクルッと回した後に自分の横を指差した。



モニターには一面に桃色が表示されている。




『じゃーん。「お花見」なんてどうだ? 綺麗だぞぉ』



「お花見?」



『そっ。今の時期じゃなきゃできないんだぜ。今日は晴れてるし、多分最高に綺麗。イカロス花嫌いじゃないだろ?』



「はい…。でも急にどうしたのですか?」



『ンァ? あぁ、イカロスの髪の毛と桜の花って同じ色だなぁって思ってさ』




天神は右手を横に少し振り、ガイアを閉じると立ち上がった。




『よしっ。そうと決まれば善は急げだ。んじゃ俺用意してくっから、ちょっと待ってて』




天神はそう言うと、ドアの向こうにいなくなった。




「マスターと、お花見…」




誰もいなくなった居間で、イカロスは小さく零した。そっと胸の中に染み込ませるかのように。そっと、そっと。




(まただ……、やっぱりマスターと一緒だとふわふわする…)




その気持ちを形容する術を、まだ彼女は知らない。その気持ちが何なのかすらわからないのだ。



胸に手をあててみる。どうしてやったのかはわからないけれど、答えが知れる気がしてやってみた。




(やっぱり、わからない…。この気持ちはなんなんだろう)




心躍る気持ちの名前。それを何とか知りたい。




(宿題の答え…、見つかるのかなぁ…)


――*――

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