Heaven's Lost Property

□Peaceful_day...?
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何やら聞こえてくる。




鳥の囀りか? と思ったが、違う気がする。




声かな? どうやらこっちのようだ。




静かで優しい声だ。甘い、かどうかはわからないけど、どこか温かいような声。




何故か感情があまりこもってない気がするが、そう感じた。




寝てんのか? ふわふわした感じだからそうなのかもしれない。久々に心地好い。




呼んでるのかな? あの声は、どうやら自分に向けられているようだ。




さてと、起きるかな。 いい感じの朝になりそうだ。







―――そっと瞳を開ける。







『近い』


「はい」


『「はい」じゃなくて』


「はい」




目の前には自分を覗き込むイカロスの顔があった。桃色の髪の毛に、感情の乏しい深緑の瞳。



容姿端麗(無自覚)で、性格に一癖ある中学生、天神輝はその黒紫の瞳で深緑の瞳をじいっと見る。




天神は相手の目を見て、その人の内心を読み取るのに長けている。これは隠れた特技とも言えるものだ。それなのに、目の前の少女に関してはまったくわからない。それくらい彼女の瞳は無感情なのだ。




『その起こし方はやめて下さいってば』


「はい」


『………何回も何回も言ったはずですよ?』


「はい」




やれやれといった感じで、天神は額に右の手の平を当てた。ちなみに、これは彼の癖だ。




しかし、何故彼は驚かないの? とこの場に人がいれば、そう疑問を持つだろう。




だが、近くで見ていれば彼に反応があることがわかるのだ。実は彼、一瞬だけその瞳を大きく見開いていた。つまりは、今の彼の内心はドキドキバクバクということ。




最近彼はうらやましいことに、毎朝この起こされ方をしているのだ。それゆえに反応が薄い。というより、抑える術を学んだといった旨である。




『輝さんもね? 思春期ですから、ガバッといっちゃいますよ?』



「ガバッと……、ですか?」



『……ごめん。うそ』




イカロスを退かし、上体を起こすと『う〜ん』と体を伸ばした。バッチリ目が醒めた時にこれをやるとものすごく気持ちがいいし、更に気分がよくなる。




「マスター……、今日は智樹さんの家……でよろしいのですよね?」



『あぁ、バッチリ早起きしたからな。サンキュー、イカロス。しっかし、どうした? いつものことだろ?』



「いえ…、聞いておいた方が…いいような気がして……」




ちなみに今日は金曜日。



天神はイカロスが来てから家事の六割が減った。イカロスがやってくれてるのだ。それでも四割やってるのは、家事が天神には当たり前の事として認識されているからにほかならない。ていうか、任せっきりというのも性にあわない。



食事に関しては当番制にした。月曜日、水曜日、金曜日が天神の当番の日だ。他の日はイカロスに担当してもらっている。土曜日は二人でやることになっていて、その日の夕方に天神家に寄れば二つの背中が台所で確認できるだろう。



それより、気になるワードがあっただろう。「智樹の家」というのは、智樹の家に行って朝ごはんを作るということを意味している。



はぁ? と思う方もいるはずだろう。当然と言えば当然の反応である。



これは二人で決めたわけではなく、二人の母親が決めた事なのだ。「一人にしてしまうから、寂しくないように」ということらしい。



だから、金曜日は早起きをして智樹の家に行って朝食を作っているのだ。




『あー……、イカロス。お湯沸かしといて』



「わかりました」



『ドア閉めなくていいからな』




「はい」と言うとイカロスは天神の部屋の扉を静かに開けて出ていく。そしてこれまた静かに階段を降りていった。




『さてと、俺も用意してかないとな』




そう呟くと、イカロスの後を追って行くように階段を降っていった。






――*――







智樹の家の台所。そこには制服にエプロン姿の天神がいた。



手つきは慣れたもので、とんとん拍子に進んで行く。




「ねぇいっくん。それがギャップだって知ってる?」



『なんだよ急に―――あっ、今日はパンじゃなくてご飯な』



「オッケーオッケー。いやぁ、こんないっくん見たら、学校の人達は『ギャップ萌え!!』とか言っちゃうんじゃない?」



『なんだよそれ―――イカロス塩取って。そんなことになるわけねぇだろ?』




これだから、と春原は少し呆れた風にため息をつく。




「いっくんてさぁ、ちょっとチャラいじゃん?」



『はぁ!? チャラくねぇってぇ、のっ、とぉ』



「だってぇ、髪長いじゃん?」



『長いとチャラ男なのか? ―――食後のお茶の準備できてる?』


「はい…。出来てます」



「う〜ん……。いやぁ? そんなことないかなぁ。いっくんはどっちかって言うとクールな感じかな」



『ふ〜ん。それで?』



仕上げに差し掛かる。キュウリとトマトを切って、レタスを手でちぎり盛りつける。そして、サラダ作りの前に作ったドレッシングをかけて出来上がり。簡単だが、朝にはこのくらいが一番いい。




「だから、それがギャップなんだってば! 普通の女の子なら一発でめろめろだね。いっくんってばカッコイイし」



『ンで? お前はどうなの?』




和室の丸いちゃぶ台に料理を運びながら、不意打ちと言わんばかりに天神は言う。ちなみに料理はいたって簡単。焼き魚に漬物、サラダに味噌汁。もちろん白米も。




「……へ? も、もちろんめろめろだぜ!!」



『あーそうかい』




テキトーに流すと、春原にエプロンを手渡す。




『たたんどいてくれ。俺、智樹起こしに行ってくる』




「お、おK」という返事を聞いて、微笑むと智樹の部屋へと向かう。




これじゃあ智樹はいいご身分だ。そう思うだろう。まぁ確かにそうなのだが、智樹は智樹でこの日は必死なのだ。




イカロスが降ってくるよりも前の話。天神がものすごく不機嫌な時があった。理由は寝不足にプラス、目の痒み。
彼は寝不足で時たまものすごく不機嫌になる時があるのだ。偶然に偶然が重なった結果。ものすごい機嫌の悪さになってしまった。それがその日だった。



しかし、それでも天神は朝ごはんを作った。健気とも言えるのではないかというくらい、きちんと約束を守った。



だが、智樹を見に行ったら、あろうことか寝ていた。天神は寝不足で機嫌が最高潮に悪いのにだ。そして、智樹は起こされた。容赦無く、その腹部に踵落としをくらって。



その日から智樹は、金曜日だけは少し早く起きる事にしたのだ。もう二度と輝のあんな顔は見たくない。もう二度とあんな強烈な踵落としをくらいたくない。そんな一心で。




『さぁ〜て、今日は起きてっかな?』




と、「なんじゃこりゃぁあっ!?」という声が天神の耳に入ってきた。



逆になんですか!? と言いたいのを押し殺し、足早に智樹の部屋へと向かう事にした。



――*――


 
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