Heaven's Lost Property
□The_Homework
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カリカリカリという音が、川のせせらぎと共に天神達の耳に入り込んでいた。
まわりの風景はまごうことなき夏を表している。深緑の葉を宿す木々。季節感爆発な川の流れ。自然の中にいるが故の爽やかな風。
しかし、それを感じているのは天神だけのようだ。天神以外の三人にはそんな余裕は見られない。
当然と言えば当然だ。天神は少しだけ理解した上で、今の自分に必要ではない知識と判断したから今の余裕がある。しかし他の三人は理解もなにもない。未知の知識を聞かされて混乱状態にあるのだ。
たかだか中学二年生に東大院の入試問題を理解しろなんて馬鹿げている。それをスラスラと解いている守形英四郎はもはや中学生などではない。
まぁ、少し理解できている天神輝も、彼は彼でおかしいと思うが。
「―――数学者を気取るならもう少しひねったものを出してほしいものだな」
『すげぇなぁ。流石、腐っても先輩なんですね』
「………、」
ヘラヘラと守形にさりげなく。いや、明らかに攻撃を仕掛けた天神は、少し黙った守形に『嘘ですよ』と言った。
誰にでも減らず口とも言える天神でも、流石に目上の人に対しての礼儀を忘れているわけではない。むしろ、そこはしっかりとしている方だ。
「いっくん? あんま先輩イジメちゃダメなんだよ? 気に入ってる人にちょっかいだす癖。直したほうがいいかもねぇ」
「『愛情表現だ』って言ってくれるのは嬉しいんだけどね」
「お前のソレは時々グサッとくるからなぁ」
「いっくん人のことよく見てるからねぇ」
『えっ? 何、急に。俺に総攻撃ですか?』
この光景はずっと前から続けてきた。微笑ましい。ほのぼのとしている。何より、ものすごく平和だ。
気兼ねなく話せる友の存在は、人にとって何より掛け替えの無いものだ。
そこに新しく、先輩やイカロスが入ろうとしている。それが天神には純粋に嬉しかった。少しだけ複雑な心境ではあるのだけど。
「………フム、………」
「? どうしたんスか?」
僅かに守形の目が動いた。もちろんそれを天神が見逃すはずもなく。
『イカロスが何か?』
「……、イカロス。続きをやってみてくれないか?」
「え? 私…ですか?」
急に話の方向が自分に向いたからか、イカロスは少しだけ(実際は表情には表れてないものの)驚いたようだった。
イカロスはテーブルの前に座って取り組みだした。その少し後方で、
「…………先輩、イカロスにやらせるんスか?」
「彼女は自分の事を『製品』と呼んだのだろう?」
『ええ、まぁ、はい』
「ならば造られたもの…。ロボットのようなものとみてもいい。――電算能力には長けているのではないかと思ってな」
「できました」
まるでタイミングをはかったかのようにイカロスが言った。
天神と智樹の二人は、早っ!! と同じように驚き、イカロスが解いたプリントに目を通す。
そこには「マスター」という文字が書かれていただけだった。
期待した二人は、イカロスの前で四つん這いでうなだれた。もしかしたら山のような宿題が消えるかもっ! 何て言う幻想は打ち砕かれたのだ。
「さて……、続きをやるか…」
「はぁーい」
「はい、お願いします」
「そこに座れっ!! 日本語の読み方から教えてやるからっ」
『手取り足取りな』
「手取り足取りぃ?」
『………オイ』
春原とそはらに宿題の解説をしながらも、守形は同時に気になる事にも思考をまわす。
(妙だな…、電算能力がない? そんなはずは……)
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