くろねこといっしょ
□くろねこといっしょ
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翌日、すやすやとベッドで眠るルルーシュを起こさないように、スザクは家をあとにした。手には寝る前に匂いがもれないように頑丈に包んだマタタビを持って。
昨晩ルルーシュがおかしくなった原因がマタタビであるとわかったあと、スザクは慌ててビニール袋にいれたそれを、さらに袋に包んでからバッグにいれた。ねこにマタタビとはよくいうけれどあんなふうにルルーシュが豹変するなんて思いもしなかった。
「あーーもうっ」
うっとりとスザクの手を舐めようとするルルーシュの姿を思い出して、スザクはまだ人気のない道端で頭を抱え込んだ。思い出されるのは、スザクの手をうっとりと見つめる潤んだ紫の瞳と白い肌に紅潮した頬。さらりとゆれる黒髪。その時の緊張をなんと形容したらいいのだろう。
「はぁ」
しゃがみこんだまま、スザクはため息をつく。まだ日が昇ったばかりの住宅街は静かで、澄んだ空気には鳥の鳴き声が響いていた。
と、灰色のアスファルトがうつる視界に一瞬白いものが見えた。
「ん?」
なんだろうと思い顔をあげると、金色の瞳をした白猫がスザクをみている。たまたま声を出したスザクをみただけかもしれないが。静まり返った住宅街でその白猫は妙な存在感があった。
――白猫、ルルーシュが言っていた白猫。
「きみ、もしかして」
スザクがそういって立ち上がると、白猫はぷい、とそっぽを向いて歩き出した。とととと、と足早に道を歩く。
「ま、待って」
白猫を追ってスザクも歩き出す。走って追いかけたら逃げてしまいそうで、スザクは白猫がどこかで止まることを期待して追いかける。けれど白猫はどうにも止まる様子はないようだった。
「そうだ、マタタビっ」
大学の近くまできたところで、スザクは手に持ったものの存在を思い出した。昨日あんなにルルーシュがめろめろになったマタタビだ。白猫にも効くに違いない。スザクはガサガサと袋を開ける。
「にゃぁん」
マタタビをだそうと一瞬目を離した好きに、今まで道路を歩いていた白猫は壁の上に登り、スザクをちらりとみて壁の向こうへと消えてしまった。
「あっ待って」
そうスザクが声をかけても猫がとまってくれるはずもない。まただめか、とスザクが立ち止まっていると、後ろからスザクを呼ぶ声が聞こえた。
「あれぇ〜。スザクくんじゃないかい」
聞きなれた間延びした声が聞こえた。
「教授」
「今日は早いんだねぇ。その手に持っているのはなんだい」
「あ、これはその、」
マタタビで猫を捕まえるためにもっているんです、といっていいものかどうかスザクが躊躇していると、教授は「そういえば今空いているかい?」と続けた。深く聞かれなくてよかったと胸をなで下ろす。
「はい」
「ちょっと君の意見を聞きたいんだよねぇ〜」
「なんですか?」
深く考えずに頷いてしまったが、この教授のことだ、また何か面白いこと(それは教授にとってでスザクたち研究生にとっては面倒事であることがほとんどである)をみつけたのだろうか。
「ちょっと面白いもの」
ふふふ、と怪しげに笑ってスタスタ先を行く教授のあとを、スザクは先ほど猫を追いかけた時の様について行った。
*
「一体なんですか」
「ん〜、まあみればわかるよ。今日はせっかちだねぇ」
なにかあったのかい?という教授の言葉にルルーシュのことを思い出してスザクは首を振る。
「別に、何もないですけど」
「ふ〜ん」
含みのある様な、本当に何も気にしていない様な生返事をして教授は研究室のドアを開ける。
いったいどんな厄介なものがと身構えたスザクだったが、そこにみえるのはいつもの研究室だった。書類は雑然とちらばり、専門書はジャンルを問わずに整理されたものがそこここに置いてある。大小様々に並ぶ機械はあたりにオブジェの様に君臨している。実際ホコリのかぶったものもあり、不必要になってしまったのか飽きてしまったのか、いつからあるのかスザクもわからないものが多かった。おそらく教授も全てを把握しているわけではないだろう。
「何もないじゃないですか」
ぐるりと研究室を見渡して教授をみると、にやにやした笑みを浮かべて、「そこ」と教授が指をさした。
「そこはさっき見ましたけど……あれ?」
教授が指をさしたそこには、女の人が立っていた。
腰まで届く緑の髪に金色の目をした女性はところどころベルトのついた不思議な白い服を着ていた。一体どこから入ったのだろう。隠れるにしても人一人隠れるような場所はない、はずだ。
入り口は今スザクと教授が立っているドアひとつしかない。その女性はスザクをみるとにやりと笑った。慌ててぺこりと会釈をする。
ミステリアスな雰囲気を身に纏った女性だ。さすが偏屈な教授の彼女だ。そう思ってはたと気がつく。見せたいものはこれだったのか。教授にしては珍しい行動だが、確かに綺麗な人だから自慢したかったのかもしれない。やれやれとため息つく。
スザクは今それどころでないのだ。ユフィが旅行から帰ってくる前に、ルルーシュを猫に戻してあげなければならない。ルルーシュはもう起きた頃だろうか。強気な態度しかみていないが、自分の姿が急に変わってしまったのだ。彼も内心不安に思っているだろう。
女性に聞こえないように、スザクは教授にこそっと耳打ちをする。
「呼んだのは彼女自慢のためですか、教授」
そんなスザクの声は聞こえてないかの様に、教授はふふふと笑みを浮かべ内側からドアを閉めた。
「自慢といえば自慢かな〜。彼女さぁ〜猫なんだよね」
「はぁ……え?」
まさか教授がノロケるとは思わなかったとまじまじと教授の顔を見ていたスザクは、ワンテンポ遅れて教授の言葉を認識した。
「猫?」
スザクは教授と彼女を交互に見つめた。自分が今、ルルーシュに悩まされていることは知られていないはずだ。もしかして何もかも知られていて担がれているのだろうか。じわりと嫌な汗が流れる。
黙った様子のスザクを教授はただにやにやとみていた。
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