ここきす

□二
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「それじゃあ今日はここまで」

「「「ありがとうございました」」」

 道場に声が響き渡り、ピンと張った空気が緩む。この瞬間がスザクは好きだった。


 お江戸将軍様のお膝元、江戸の町。その中にスザクの住まいがあった。
 普段は幕府に仕える武士として、同心廻り方の仕事をしていたが、副業として道場主をしていた父の跡を継ぎ、師範として剣術を教えていた。


 スザクが汗をぬぐっていると、弟子のひとりに声をかけられる。

「師範、最近色町に通われてるんですって」

「なんでも難攻不落の斑鳩のルルーシュに気に入られたとか」

「さすが師範、私たちも鼻が高い」

 さっきまで竹刀を握り、汗を流していた男たちが俄におしゃべり好きな野次馬に変わる。
 最近師範からいい香りがすると思ったらそういうことだったんですか、などと冷やかされる。


 段々と輪の中に人が加わり、最近どこそこの店の旦那が誰々の元に通いつめているやら町娘が騒いでいる若旦那が最近何をしているやらの雑談になってきた。年若いのからスザクのひと回り年上のものまでいるのに、同じような話をしているのが面白い。

 やれやれとスザクが苦笑していると、道場入り口の引き戸ががらっと開いた。

 入り口でスザクを呼ぶ声がする。

「大変なんだ、ちょっと来てくれ。事件らしいぜ」

 幼なじみのリヴァルだった。

 色話に花を咲かせていた男どもが何だなんだと騒ぎ出す。何人かは慣れたもので、留守を預かりますとまだ片付け終えてないスザクの防具を片付け始めた。

 
 ありがとうとスザクは彼らに留守を頼むと、支度をしてリヴァルと出発する。
 急いできてくれたのだろう、リヴァルの額には汗が浮かんでいる。

 ようやく暖かくなった町中を二人で急いだ。

「それにしてもさー。お前岡っ引き雇えばいいのに」

 廻り方は大抵、御用聞きや岡っ引きと呼ばれる町人や軽犯罪を犯したものを協力者として使っている。

「そうなんだけどね」

「こないだの大捕物だってひとりで解決っつーかさ、人がいない分運動能力で補っているっつーか。まあそれで回るからいいのかもしれないけどさぁ」

 それにしたって伝達係くらいは必要だぜ。そういってまさにその伝達係になっているリヴァルがぼやく。

 いつも助かってるよ、とスザクが礼を言うとほんとだぜまったく、と言って笑った。


 先日、と言っても二月以上は前だろうか。
 その時の捕物は盗人を追いかけてスザクは吉原まで出張ることになった。五十間道をすりぬけて大門を勢いで駆け抜ける盗人。大門の見張り番も手伝い、吉原中心の仲ノ町で最後は刀を抜いての大立ち回りを演じる羽目になった。

 火事が起きてからまだ日が浅く、復興中だったのも幸いしてか人が少なく、けが人が出ることはなかったがあの時は盗人が他の人を傷つけないかと、さすがのスザクも冷や汗を流したものだった。


「着いた……」

 半里ほど走って辿りつくと、そこにはすごい人だかりが出来ていた。
 ちょっと俺もうだめ……とその場で座り込むリヴァルに礼を言い、スザクは頭一つ分出たジノを見つけ出す。

「ジノ、これはいったい」

 人をかき分けてジノの元へ行き話しかけると、まあ見てみろと人だかりの中心をくいと指で指し示す。

 どうやら人が倒れているようだった。周りを囲む人ごみをかき分けて、見える位置まで移動する。

 足元、体と目線を上げていく。

 年は四十を超えたあたりだろうか。その割には白く短く生やした顎髭にきりりとした眉に富士額が立派で、こんな風に倒れていなければなかなかどうして二枚目の風格なのではないかと思う。

 それにしてもどこかで見たことがあると首を傾げて、顔を認識した瞬間スザクは言葉を失った。

 くりっとした緑の瞳を凝らしてじいと見つめるが、目の前の光景は変わらない。しばらく固まったスザクは、少ししてジノの方を振り向き口をぱくぱくしながら被害者を指差す。

 慌てるスザクに、ジノは肩をすくめて一言告げた。

「まあそういうことだ」

「そういうことって……」

 まだ信じられないという顔をするスザクに、俺だって混乱してるんだとジノは言う。

 再びスザクが視線を戻した先には、独特な髪型で有名な町の遊び人、シャルルが倒れていた。


――彼の象徴である、白銀のロールケーキ部分がきれいさっぱりなくなった状態で。


「シャルルさんが……。いったい何があったんだ」

 大の字に倒れている男の名はシャルル。日本橋近辺の大店の三男坊とも言われているが詳しくはジノもスザクも知らなかった。

 ふらっと町の茶屋に来ては、大好物のお団子を頬張り世間話をする気のいいおっさんだった。
 どうやったらそんな形になるのかと不思議がられる、長い長いロールケーキを横に四段重ねた髪型が特徴的で、ぶるわあという口調が少々うっとおしくもあり、それがまた町の人に愛されてもいる。
 今日も茶屋によったのだろうか、あんこが口の端についていた。

 けれどそれよりも、スザクは彼の頭部から目が離せない。

「俺だって来たばかりなんだ。介抱しようにもシャルルさんは目を覚まさない。ひとまず発見者と思われる人物には一通り留まってもらっているよ」

 ジノの話によると、近くにあるいつもの茶屋で数人待ってもらっているのだという。
 見回りでいつも立ち寄る茶屋はミレイというちゃきちゃきした女性が切り盛りをしていた。スザクよりも一つか二つ上だろうか。倒れているシャルルも茶屋の常連だ。

「ミレイさんには事情を話してその人達をみてもらっているんだ。スザクはそちらへ行ってくれないか?俺はこの場を何とかしておくから」

 シャルルさんを介抱しないとな、と腰に手を当ててやれやれとジノがため息をつく。

 スザクはわかった、とうなずきミレイの茶屋へと向かった。

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