ここきす
□四
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帰宅後、就寝しようと布団に潜ったスザクだったがなかなか寝付けない、布団の上でごろりと寝返りを打つ。
リーリーと虫の音が響いている。
静かだった。
着替えた夜着からはこの間の伽羅の香りがする気がして、落ち着かない。
洗濯をしたときにでも移ってしまったのだろうか。着物に染み付いたルルーシュの香りはそう強いものではなかったのに、スザクが考えすぎているからなのだろうか、だとしたら感覚なんていうものはなんて曖昧なのだろう。
部屋は月明かりでほんのりと明るい。
満月なのだろうか、からりと障子を開けてスザクは縁側に座った。
どうせ寝付けないのだから一度起きてしまったほうがいい。そろそろ木々の手入れもしなきゃな、と雑草の生えた庭を眺め独りごちる。
スザクの住んでいる屋敷の庭には一本の大きな桜の木があった。
子どもの頃はよく道場の皆も呼んで花見をしたものだ。酒盛りをする大人たちの周りで時折酒の相伴に預かりながら、スザクは満開の薄紅色を見ていた。
満月が淡く、庭を照らしている。庭の桜は五分咲きに届くか届かないかくらいだろうか。月の光にぼんやりと照らされた景色は幻想的だった。
桜のように綺麗な白い肌に、淡紅色に染まった頬に紫の瞳。
夜の薄闇にすらルルーシュを思い出すなんて、すっかり魅入られてしまったようだとスザクはため息をついた。
初めてスザクとルルーシュが言葉を交わした三会目の日。
部屋にあがり二人きりであることに妙に緊張をしていた。想い人に初めて二人で合うのだから当然といえば当然だったのだろう。普段は会話をするのに何を話そうかなんてなどと考えたことはなかったのに、その時は何を話せばいいんだろうとそればかり考えていたことを覚えている。
通常省略されてしまう仮宿営業で、その三会の決まりごとの略を許すことなく行う大店だ。仮宿も堅強で、質素ながらも立派な造りだった。ここでそのまま店を始めてしまえるのではと思うほど。
二人きりの部屋の窓から、桜の木が見えた。おそらくルルーシュは一番いい部屋をあてがわれているのだろう。真正面に外の桜が見える、趣のある部屋だった。
古くからそこにあったと思われる桜は春になったら一面を薄紅色に染め上げるに違いない。
この桜が満開になる頃には火事で失われた花街の復興も大分目処が立つはずだ。
「桜が部屋から見えるんだね」
「仮宿ながら粋な造りでしょう」
吉原の大通りに植えられた仲ノ町の桜並木も見物だけれど、この木はたった一本で十何本もあるかのように咲くのだとルルーシュは話した。
スザクはそんなルルーシュのことを話もそこそこに見ていたのだけれど。
桜とルルーシュ。
「もともと、この桜の木に惚れ込んで仮宿をここに建ててしまったんです」
「それはそれは、店の主人は粋なことをする」
本当にと、ころころと笑うルルーシュの笑顔は柔らかく明かりを灯す桜の花のようだった。
「―ルルーシュは桜の花のようだ」
「まぁ」
口元を抑えて笑うルルーシュの頬がスザクにはほんのり紅く染まったように見える。
「桜の花が咲いたら、まるでルルーシュは桜の木に宿る桜の精にみえるんだろう」
それともそれが主人の狙いでもあるのかしらとスザクが言うと、ルルーシュはくすりと笑いある話を始めた。
「桜といえば、こんな話を知っていますか―」