東方欠落夢

□第一章 幻想郷へ
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いつもの様に日が昇る頃‥
目を覚まし俺は日課である格闘術の訓練を庭先で行い、シャワーを浴びて朝食を食べ家の工房にて細工物を作っていた。

まぁ細工といっても趣味のようなものだが‥
俺は所謂、職人と呼ばれる奴だ‥

今日はお客様が注文してきた細工を取りにくる日。
最後の仕上げをしたブローチを箱に入れてお客様を待っていた‥



『はぁ‥とっとと来てくんねぇかなぁ‥‥』


時間はいつの間にか昼をとっくに過ぎてもうすぐ夕方になろうとしていた。



『はぁ‥』


今日何度目かも分からないため息を吐き煙草に火を付けて肺一杯に吸い込んだ。立ちのぼる煙が工房に広がる。
煙の軌跡をただボーッと眺めて‥

カランッ!

入り口に付いた鈴が鳴る。



「すみません。
頼んでおいたモノを取りに伺いました。」


1人の女性が工房に入って来た。
二十代くらいの女性で金色の柔らかそうな長髪、モデルのような整った顔立ちとスタイル。
手には日傘を持ち、店主の俺に妖艶な笑みで微笑みかける。

会うのは二回目、初めて会ったのは細工を作ってくれと山奥にある俺の工房にわざわざ来た時。
本来ならば頼まれて細工を作るのはしたくは無かったのだ。
俺は好きなように作品を作りたい。
人に売るために作っている訳じゃない。
ほとんど趣味なのだから、だが‥この女性の言葉は断れなかった‥‥
綺麗な人だからじゃない。
こちら側の拒否権などが通らない相手だと本能的に感じてしまったからだ‥



『‥頼まれていた品です。お確かめ下さい。』


最低限の言葉で女性に言葉を返す。
一刻も早くこの場から去って欲しかった。



「いい出来ね。じゃあ、お代の方は‥」


『いくらでも構わない。
別に食うためにやってる職じゃないんで。』

御客
「あら、そうなの?
‥‥柊 翔くん?」


『‥何故名前を知っているので?』


俺の家には表札なんて物はないし、第一に人とのかかわり合いなんて殆ど無い。
この女性にも名前は一度も名乗っていない。
俺は人の記憶に自分を残すのを嫌う。勿論理由はあるのだが‥



(仕方ない、使うか‥)


俺には変な力がある。相手の記憶を忘れさせるといった力が。
その力を使おうとする瞬間動けなくなった‥
目の前の女性が堪らなく恐くて‥


「力をいきなり使おうなんて‥わかってやってるんでしょうね?」


口調は優しいのにとてつもない威圧感を出して俺を脅してくる。

逃げたい‥逃げたい‥逃げたい逃げたい逃げたいっ!!

この女は違う!決定的に何かが違う!
本能が訴えるのに体は言うことを聞いてはくれない。

ゆっくりと女性は片手を伸ばし俺の頬をなぞる。



「そういえば自己紹介が未だだったわね。
私の名前は八雲 紫‥妖怪よ♪」


‥妖怪?この女‥自分の事を妖怪と言ったか?
だが、この威圧感は人の物ではない‥
“あの時の奴”のような‥



「柊 翔、貴方は力を持っている。この世界には不釣合な‥ね。」


『‥それで?俺を殺しに来たのか妖怪?』


「妖怪に遭うのは初めてじゃないの?」


こいつ!?どこまで俺を知ってる!?



「貴方の事は何でも知ってるわ。“ずっと視ていた"んですもの。」


‥‥?
“ずっと視ていた”?



『それはどういう‥』


「まぁ、そんな事よりも貴方はこの世界には相応しくない‥そうでしょう?」


『な、何を‥?』


「貴方を相応しい世界に誘いましょう。美しくも残酷な世界へと‥」


女が手にした扇子をパチンと閉じると共に俺の足元に“スキマ”が生まれた。



『なっ!!!?』


そのまま俺は落とされた。無数の眼がギョロギョロと此方を見据える気味の悪い空間に‥‥



「はぁ〜い1名様幻想郷へご案内〜♪」


これが事の始まりだった‥余りにも唐突な始まりは俺にとっての機転に繋がるとは思ってもみなかった。
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