short story book
□刹那の幻夢
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初めて人を斬った瞬間は、いまでも鮮明に覚えている。
漆黒の闇、冷たい夜風。
鈍く光る白刃の軌跡。
肉を削ぎ、骨を断ち切る音。
鮮やかに飛び散る熱い血飛沫とそれが醸す錆びた甘い匂い。
相手が地に倒れ込む直前の、最期の言葉。
刃に付いた血脂はどうすればよいのだろうと考える冷静な思考と裏腹に、身体の震えが止まらなかった。
それは恐怖ではなく、畏怖。
あれは、俺だ。
目の前で最期を迎えるそれは、剣に倒れる俺の末期の姿。
油断すれば、やらなければ、ただやられるだけ。
斬った相手は既知だった。
それは消え逝く生に縋るでもなく、死を恐れる風もなく、苦痛に唇を歪めて俺を見据えた。
最期に放った言葉は、俺への呪詛。
−それが、貴様の生き様か−
ひたひたと微かな足音に目を覚ませば、夜明け前の朧げな光が障子を照らしていた。
夢、か。
それは現にあったこと。
迷いがあるとき、自責の念にかられたとき。
無様な己の生き様を見せつけるように現れる幻。
人を斬ることが当たり前になった、そんな現でも。
「・・・斎藤、ちょっといいか」
障子の向こうの影が密やかに呼びかける。
朧げに揺れ動く影の気配から、火急の要件であると察っせられた。
「はい」
こんな刻限に副長が自ら出向く。
決して喜ばしい話ではあるまい。
刀に手を伸ばし、幻を払拭するように軽く頭を振った。
敵ならば斬る。
どんなに無様であろうと、それが俺の生き様だ。
血で研がれ続けた刀の重みが、迷う心を嘲笑うかのようだった。
end