short story book
□雲を斬り闇を裂き、この手に掴み取る未来。
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さっきまで雲ひとつなく澄んでいた空に、綿みたいな雲がいつの間に添えられて。
瑠璃紺の夜空、背後の月明かりに照らされたそれは奇妙な陰影を纏いながらゆっくりと形を変えていく。
口に入れた金平糖をカラリと転がしながら、石畳に背中を預けた僕は雲に向かって手を伸ばす。
雲はくっきりと間近にあるのに、掴もうと握った手は虚しく空を掴んだ。
刀を握れなくなったこの手で、この先なにが掴めるのだろう。
巡察にすら出られない僕をみんなは心配してくれているけど。
病は思った以上の速さで僕の身体を蝕んで、いつのまにかに刀を握ることすら辛くなっていた。
戦うことができるから僕には居場所があって仲間がいるのに。
僕が僕であることを認められてきたのに。
戦えなくなった『新選組の刀』に、一体なんの価値があるというのだろう。
口のなかの金平糖は希望みたいに儚く消えて、甘さだけを往生際悪く余韻に残す。
ぼんやり見上げた夜空は月明かりで奇妙に明るく、そこに浮かんだ仲間の顔が今にも失望の色を映しだしそうに見えて思わず目を閉じた。
この咳が普通でないことを自分が一番わかってるからこそ、僕は軽口を言い続ける。
刀を握れなくなったことを皆に悟られないように。
僕が僕でいるために、この居場所をなくさないために。
いつまで。どこまで。
偽り続けられるだろう。
欺きつづけられるだろう。
やるせなく耐え難い現実にギリリと奥歯を噛み締めたとき、僕の名を呼ぶ声が微かに聞こえた気がして目を開けた。
意識を凝らせば続いて聞こえてきたのは雲を揺らめかす冷えた風の向こう、真夜中に不似合いな小走りの足音。
「沖田さん・・・!」
寝ているはずの僕がいないことに気づいて探しに来たんだろう。
声の主である彼女の心配顔が思い浮かんで、思わず安堵の息を吐いた。
きっとすごくすごく怒られるのだろうけど、それすらも今の僕には救いになる。
彼女なら、僕が僕であることを認め続けてくれるかもしれないと。
微かな期待に気力を振り絞って立ち上がり、刀を構えて不安と絶望を象徴するように佇む異形の雲を睨み据える。
息を切らした彼女の気配を背後に感じた瞬間、思うように動かない身体を拒絶するように一気に刀を振り下ろした。
雲を斬り闇を裂き、この手に掴み取る未来。
- キミは希望で、そして僕の明日 -
ねぇ。カノンちゃん。
僕はまだ、戦えるんだよ。
end
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