novel
□I will walk together.
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「俺、戻るから」
「…どこに?」
「日本に」
彼のその言葉は突然すぎてあまりにも衝撃的だった。
「本気で言ってる?」
「ああ」
嘘をついている顔じゃない。
でも、認めたくない。
私は仕事柄ここに留まらなければならない。つまり、彼とは離れ離れになってしまうということだ。
「そっか……」
彼がふらりとこちらにきてもう一年ぐらい経った。お互いの母国語が日本語だったこともあり早い段階で打ち解けて、いつの間にかなんとなく、恋人のような関係になっていた。
もちろん、思いを口に出して伝えたことなど一度もない。彼が私をどう思っているのかも知らない。流れて一晩の過ちを…なんてこともなかった。
でも一緒にいると居心地がよくて、なんだか、何の根拠もなくこの時間がいつまでも続くと思っていた。
「ゆい」
「なに?」
「……一緒に来れないか?日本」
正直凄く驚いた。まさかそんなことを言い出すとは思わなかったから。だって、きっと彼はわかってる。私がここから離れられないことぐらい。
「無理…だよ」
「だよな…。悪い、気にしないでくれ」
そう言って彼は荷造りを始めた。荷造り、と言っても彼の荷物は財布や少しの服などしかない。ほとんどスペースをとらないそれらがなくなってしまうと思うと、異様に広い部屋のように感じる。
「いつ帰るの?」
「…明日」
「明日!?」
「いや、ずっと言おうと思ってたんだけどさ…なんか、言い出しにくくて」
「そんな…子供じゃないんだからちゃんと言ってよ」
本当に『突然』じゃない。
心の準備も何もできてないのに。
彼は服をトランクにつめて、ソファでうなだれている私の隣に腰をおろした。
「ありがとな、一年近く居候させてくれて」
「…いいよ、全然。それなりに楽しかったから」
「そっか」
彼と過ごした日々は、それはもう『普通』のものだ。朝、低血圧な彼を起こしてから家を出て、私が先に帰宅したら酒を飲んで待って、後から帰宅したらもう彼は酒を飲んでて、そこから一緒に飲んで…。
でもその『普通』が、もうなくなってしまう。
「ゆい、言っておきたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「…?」
「俺、お前のこと、好きだから」
「……え?」
「好きなんだよ。本当ならここから離れたくないし、離れるならゆいを連れて行きたい。でも、どっちも無理だから…」
ずるい。別れ際になってそんなこと言うなんて、ずるすぎる。
私は彼の首に腕を回してきつく抱きついた。
「ゆいっ…!?」
「私も…好きだよ…衛士のことっ…。なんで、なんで、別れ際にそんなこと言うのよ…!」
どうせなら、思い切り嫌いになるような酷いことを言ってくれた方がましなのに。
涙が溢れてきて、言葉が上手くでない。
衛士は私の涙をそっと拭って額にキスをした。
「ごめん…。でも、好きだよ…」
「っ…えいっ…し…」
「でも、俺にはやらなきゃいけないことがあるから。いつになるかわからないけど、全部終わったら迎えに来る。それまで、待っててほしい」
いつになるかわからない、その言葉を聞いても私は何故か『いつまでも待っていられる』、そう思った。
「待ってるから…。絶対、迎えに来てよ?」
「ああ、迎えに来る」
私の唇にそっとキスをすると、衛士の唇はゆっくりと首筋をなぞるように下へおりていった。
私はただ、衛士に身を任せた。
「ゆいさん、こっちっすよ!」
「はいはい、わかってますよ」
「わかってないっすよ!方向音痴っすねぇ」
あれから数年。
私は仕事の用事で一週間ほど日本に滞在することになった。
狭いようで広いこの日本で、衛士に会うことは多分ないと思うが、それでも少し期待してしまう。
ここにいる、その確証はないのにやたらと周りを気にしてしまい、一緒に来た後輩に先導されてホテルへの道を歩いて行く。
ふっと車線を挟んで反対側の歩道に目をやると、スーツを着た男が玩具屋のショーウィンドウに張り付いているのが目に付いた。いい歳した大人がなにやってんだか、と思っていると、その隣のベージュのスーツの男に目が行く。
直感だけど、あの人に会わなければならない、そんな気がした。
「……どうしたんっすか、ゆいさん」
足を止めた私を見て後輩が不思議そうな顔をする。
「ごめん、ちょっと、待ってて」
「え、ちょ、ゆいさん!?」
私は持っていた鞄を後輩に預けて、横断歩道を探した。目に付いたすぐそばの横断歩道は青。全力疾走でそれを渡って玩具屋に走る。
ベージュのスーツの男の横顔が見えてきた。
「衛士!!」
その男に呼びかけると、彼はこちらを見て心底驚いたような表情を浮べた。隣のショーウィンドウに張り付いている男は「誰っすか?」と彼に問いかけているが、彼はそれを無視して私の方に駆け寄ってきた。
「ゆい…?」
「うんっ……」
「どうして、日本に?」
「仕事でちょっと…。まさか、会えるとは思ってなくて…」
衛士は相変わらず無愛想な表情をしていたが、私の言葉を聞いて少し笑ってくれた。
「迎えに行くまで会えないと思ってた」
「覚えててくれたの?」
「当たり前だろ」
その言葉を聞いて、私は涙がこみあげてきたが必死にそれを堪えて衛士の手を強く握った。
「ありがとう…」
「……泣くなよ?ここじゃ俺が泣かせたように思われるから」
「わかってますよー」
「涙目じゃねーか」
「うるさいな…。感極まってんの」
私はポケットからメモ帳を取り出して、ケータイの連絡先を描いて衛士に渡した。
「なに、今晩誘ってんの?」
「そっちが暇なら、どうかなって」
「わかった。意地でも時間作る」
「…ありがとね」
そう言って衛士と別れたあと、後輩の元に戻ってホテルへと向かった。
その日の夜は、そこと違う『ホテル』で泊まったけどね、衛士と。
I will walk together.
(で、いつになったら迎えに来てくれるの?)
(まだまだ先…かな…。)
(…まぁ、いつまでも待ってるけどね)
::アトガキ::
最初はシリアスで終わらせようと思ってたんですが、なんか、気がすまなくなってしまった。
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