novel
□虚構心臓ドロイド
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どうして泣いている。
いつもなら普通に聞けることだ。しかし、今は我輩にとって『普通』と言える状況ではない。
泣いている女、ゆいは今、我輩の腕の中にいる。
いきなり事務所に泣き面でとびこんできたか思うと、我輩の胸に飛び込んできたのだ。いつもなら思い切り突き飛ばすところだが、何故か我輩はゆいの背中に腕を回してしまっている。
「っ…くっ…ぅ…」
声を殺して涙を流し続けるゆいを見ていると、何かこう、今までに感じたことのないものがこみあげてきた。
「……何か、あったのか」
自分でも珍しいと思う。こんな控え目に質問をすることはまぁない。
ゆいはゆっくりと我輩から離れて話し始めた。
「付き合ってた…彼氏がね、浮気してたの。…今日家に帰れない予定あったんだけど、それが急遽なくなったから家に帰ったら…知らない女の人がいて…」
弥子から聞いたことはあった。ゆいには彼氏がいて、凄くお似合いで幸せなカップル、確かそう言ってた。何が『お似合い』だ、何が『幸せ』だ。
ゆいは泣き止まない。余程ショックだったのだろう。これだけ自分を愛している女を放って別に女を作るような男が、本当にゆいにお似合いと言えるのか?そんな男といてゆいが幸せだと思うのか?
「問い詰めたら、逆ギレ気味に浮気認められてさ…。私、わかんないよ」
ゆいの恋人がどんな人物かは知らない。興味もない。しかし、許せない。何故かそう思った。
「我輩には、人間の恋愛事情はわからん。だが、悲しくて辛かった、ということはわかる」
「うん…」
「我輩にはどうにもできないことだが、貴様が泣いて少しでも気が晴れるなら泣けばいい。話して気が楽になるなら、聞いてやるから話せ」
ゆいは涙をいっぱい溜めた瞳で我輩を見た。
「なんか、優しいね。ネウロっぽくない」
「…我輩もそう思う」
そう言うと、少し笑顔を見せてぽつぽつと自分と男の話をしはじめた。くだらない思い出話や、虫酸が走るような甘ったるい話、色々。いつもなら聞き流すが、今回は聞いてやった。
しばらくすると、涙は流れなくなり少し笑顔を取り戻したゆい。それを見て安堵した我輩は、一体どうしてしまったのだろうか。
「ありがとう、ネウロ。スッキリしたし、吹っ切れた」
「そうか。もう、未練はないのか?」
「うん。浮気する男なんかこっちから願い下げだもん」
「あれだけ泣いてたくせに」
「あれはパニックになってたから!」
ゆいは、いつものゆいだ。
「もう夜遅い。帰れ。……仕方ないから送ってやる」
「ほんと?ありがとう!」
やはり、笑っている方がいい。ゆいはその方が…魅力的だ。
ゆいが帰り支度しているのを見ていると、事務所の扉が勢いよく開いた。
「おい!!ゆい!」
「っ……!?」
見たことのない男が立っている。ゆいの反応からして、こいつがゆいの…。そう思うと非常に、不愉快だ。
「テメー!何無理矢理入ってやがんだよ!」
「しもべ二号。貴様、一体何をしていた」
「俺は止めたっつーの!大体こいつ誰だよ」
しもべ二号は我輩とゆいと男に順々に目をやった。
我輩はゆいと男の間に割り込み
「ゆいの、『元カレ』だ」
と言った。
すると男は「元カレじゃねーよ」と我輩の後ろにいるゆいの腕を掴んだ。
「帰るぞ」
「はぁ!?」
男の言葉にゆいは訳がわからないと言いたげな声をあげる。
「何言ってんの?私もうあんたのこと好きじゃない。むしろ大嫌いなんだけど」
「おいおい、浮気の一回や二回ぐらいさ…普通許すだろ?」
「ばっかじゃない!?」
「ああ、バカだな」
我輩はゆいから男を引き離し、しもべ二号に「抑えていろ」と指示をした。
「貴様は我輩に非常に不愉快な思いをさせた。貴様のような男にお似合いな世界を見せてやる」
「うわぁぁぁ!!!」
男は目を覆いながら事務所から走り去って行った。
「なにしたの?」
「目を開けたらとてつもなく凄まじい顔面の女がたくさん迫ってくる映像が見えるようにした。…まぁ、一応一週間ほどで効果は切れるようにはした」
「…ありがとう。スッキリした!ざまーみろだよ」
「そうか」
「……おい」
しもべ二号が気持ち悪いとでも言いたげな顔で我輩を見る。
「なんだ」
「…お前、なんか優しくねぇか?気持ち悪ゲフッ!!」
言葉を途中で遮るように頭を壁に叩きつける。ゆいは心配そうにしもべ二号にかけよった。我輩はこいつは大概のことでは死なないし問題はないと告げると納得したのかしてないのか微妙な表情を浮かべた。
「本当に、今日はありがとう。ネウロ」
「構わん。それに最後にあいつに魔界能力を使ったのは単純に不愉快だったからだ。貴様のためではない」
「それだけじゃないよ。話しも、聞いてくれたじゃん?だから、ありがとう」
ゆいはそう言って笑うと、「新しい恋を探すかーっ」とのびをした。
新しい恋、か。
「次はちゃんと、愛してくれる人がいいな」
愛してくれる人。
あの男のような中途半端な気持ちではなく、ゆいを心から思う男。
それは、
「我輩では、無理だろうか」
「え?」
小さな声で言ったせいか、ゆいには聞き取れなかったようだ。
だが、言葉にしてからそれでよかったと思った。我輩は人間ではない、人間の抱く感情は理解できないものがたくさんある。恋だの愛だのもそれに含まれている。
そんな我輩が…。
「いや、なんでもない」
ゆいを愛するなんて、きっと、不可能だ。
それでも、そばにいることはできる。そばにいることを、我輩は望んでいる。何故かはわからない。
理解できない自らの考えに、若干戸惑いつつゆいを無事に帰宅させて事務所に戻った。
明日、弥子が来たらこのむしゃくしゃした気分を発散するのにまず踏みつけてやろう。
そして、ゆいが来たら、いつも通りに迎えてやろう。
虚構心臓ドロイド
(愛とは一体何なのか)
(我輩を惑わすこの思いは、愛なのか?)
::アトガキ::
虚構心臓ドロイド『虚構心臓』は『フェイクハート』と読むらしいです。某バンドさんの曲と歌詞の一部を参考に作成。
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