首の部屋

□混沌入り混じる空間に身を投じた
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『――で、意味の分からない事を言い出したんだコイツは!』

「ちょっとセルティちゃん?仮にも私は新羅の兄なんだから、“コイツ”は無いんじゃ?」

「…セルティ、ごめんね?俺がちゃんと殺さなかったからこんな事に――」




今、俺は新羅とセルティちゃんのマンションで



―――MAJI☆で死んじゃう5秒前です。


死因は圧死、とかになるのかな。


けどコレくらいなら慣れてるっていうかもう…痛くもなんとも無いんだけどね。



どうやらセルティちゃんは俺の『キレイな髪してるね』発言が気になって仕方がないらしい。


俺を影でグルグル巻きにして呆れ顔の新羅にPDAを突きつけている。





『それはいいんだ!どうでも!』

「いやー善良な市民なら気にかけるべきだよセルティちゃん。
まぁ闇医者と運び屋なら気にならないのも当たり前だよね」

「兄さん、ちょっと黙ってよ。ていうかよくその状態で普通に会話が出来るよね!」

「んー?あぁ、肋骨折れてるよ多分。
あーあ、お前のせいで痛覚ぶっとんだからなぁー…お前のせいで」

「さぁ、何の事?」





ケロッとした顔で新羅はそう言ってのけた。

俺を妙な薬で殺そうとしたくせに。


…あ、やばい。

そろそろ骨が刺さりそう、臓器に。


俺を絞め殺そうとしている(きっと無意識)セルティちゃんは

まだ混乱…というか錯乱しているようで、しきりにPDAを新羅に見せていた。


…部屋中が影だらけ。






「あ、うん。頭というかもう遺伝子レベルな問題だから、この人が変なのは」

『ハァ!?だからどう言う事なんだそれは!』





新羅はやっとPDAに書かれた文字に反応し、死にかけている俺を見て溜息をついた。





「説明するから、兄さんを絞め殺すのは止めてよセルティ」

『え?』





バッ!と慌てて振り返る影。

今気が付いたの?ねぇ、そうなの?


セルティちゃんは“すまん!わざとではないんだ!”とPDAに大文字で打ち込むと俺に見せてきた。






「大丈夫。この人痛覚ないから」

『いや、そういうことではないだろ新羅』

「そんなことより、俺のことが知りたいんじゃないのかい?セルティちゃん」

「あ、口調が元に戻った」

『そうだ!お前は一体何なんだ?』

「えーっと…セルティちゃんなら分かるかな、ミュータントって」





実の所、新羅の言った『遺伝子レベルで変』っていうのは間違いでもない。


セルティちゃんの動きがピタリ、と止まった。

お、その反応は知ってるんだな。






『ミュータント、って…本当か?』

「妖精に疑われたくないけどね。だから、残念ながら霊能者とかではないんだ」


「詳しく言うと、兄さんは物体の過去を見れるし触れる。

僕も驚いたよ。兄さんはただのバカだと思っていたからね」


「はははっ!確かに普通の人が見たら割れてるコップなのに、それを手に取るとか危ない人だよね」

「そうだよ。腕が無い人の手を握って歩いてたりとかさ」

『手に取る…?無いものでも触れるのか?』

「そうそう。って言ってもそれはオマケみたいなもので、ホントはねぇ…」






チラリ、と新羅を見た。

その動作だけで彼は俺の言いたい事を理解したらしく、俺の近くに歩み寄ると






『!?新羅何をして――』






銀色に反射するメスを、俺の右腕にダンッと突きつけた。

その瞬間に(きっと新羅に向けて)伸ばされたセルティちゃんの影も、左腕で受け止める。






『……なんだ、これは』

「俺が“通常の人間”ではないという証拠」

「…だから殺しても殺しても死なないんだよね、兄さんは」






新羅がメスを突き立てた右腕や、

セルティちゃんの伸ばした鋭い影の塊が貫通した左腕からは一滴の血も流れていない。


それがどういう事なのか、セルティちゃんは分からないようだ。






『お、お前も私と同じような…体なのか?』

「違うよー、ほら触ってみて?温かいし、心臓だってちゃんと鼓動してる」

『…は?じゃあ…何なんだ?』

「簡単に言ったら、刺さってるように見えて刺さってないんだよセルティ」






そう言って新羅は、急にメスを握り引き抜き、ってちょっとおい!






 「ぎゃああああ!何してるの新羅くん!?
俺が今とっさに反応しなかったら血管ブチ切って血の海になってたよ!?」

『???』

「あ、やっぱり兄さんが集中してない時なら傷が付けられるんだね」

「そうだけど!そうなんだけどそれって今確かめなきゃいけなかったのかなぁ!?」






我が愚弟はニヤニヤと笑っている。

…セルティちゃんがマネする前に左腕は救出しておこう。






「てことは、“腕だ”と思っているときに頭を狙ったら死ぬってことかい?」

「怖い事言うなよ。でも残念!そんな事は無いんだなー!
一回ピストルで撃たれて実践済みなんだよ!ハッハッハ」

『あの、説明してくれないか?』






セルティちゃんがおずおずとPDAを俺に差し出してきた。

あ、理解できないよねこんなんじゃ。





「長くなるけどいいかな?」

『ああ、話を聞くのには慣れている』






そう言うと(というか打ち込むと)、

セルティちゃんは俺に体をむけ、真剣に聞くからな!とソファーの上に正座した。


こうなってしまったら俺はメガネを外して目を見て話さないといけないだろ…。


新羅がジロッと睨んでいる横で、俺はメガネを外してテーブルの上に置いた。



今の俺の目に映るものは、過去と現在…そして少しだけ先の未来が入り混じったものだ。



動きを止めた俺に“どうしたんだ?”とPDAを向けてくるセルティちゃんには、彼女の捜しているものであろう首がある。


やっぱり、彼女はあのときのデュラハンだ。


…我ながら妙な視界だなー






 「…じゃあ、さっきの俺の腕についての説明をするね?

って言っても、俺自身はっきりとは解っていないんだけど…

簡単に言うとねぇー…今の俺は、セルティちゃんの“無いはず”の頬に触れることが出来る。

もちろん、髪にもね。

それは俺が無理矢理過去に侵入することによって可能になる。


これの応用で、さっきのは二人が行動に出た瞬間に、右手で“過去のテーブル”に触れた。

メスやセルティちゃんの影は現在…俺が触れた物からしたら未来だろ?

だから、俺の腕は直接傷付かなかった。


でもそれだけだと、左腕に影が刺さっても血が出なかった事を説明出来てないし

時間が経ったら血が吹き出ることになる。

だから、それを拒絶した。解るかな?

あー…すり抜けた、というよりもね…

えっと、一枚の薄い板があるとするでしょ?
そこに鉄球を落とすと、板は壊れるよね?


けど、板に鉄球が通る程の穴が開いてたらどうだろう?

そうそう、壊れないよね。

詳しく言えばちょっとっていうか大分違うんだけど、左腕には穴を開けた。

ん?右腕はまた別。

右腕の方はホントに、刺さってるように見えて刺さってなかったんだ。

この前、テーブル動かしたでしょ?

え?動かしてない?おかしいな…20センチ程ずれてるよ?過去と今。


あ、分かった?そうそう、新羅は俺の腕に刺せて無かったってわけ!

全然別のところを刺していたんだよ。だからほら、テーブルには刺さった跡があるでしょ?

実際俺が触っていたのはー…この辺になるのかな?ね?全然違う場所でしょ?」






そこまで説明するとセルティちゃんは少し理解できたようで、なるほど…と呟いた。






「俺が触れたモノは、“今”になくても“そこ”にあるんだよ。
だから、俺が…ほら、こうやって――」






俺は、セルティちゃんの手に触れると、テーブルの上に置かれていたコップを手に取り新羅に中身をバシャッとかけた。






「冷たっ!な、何するんだよ兄さん!ていうか今何をかけたの!」

「ほら、新羅には何も見えてない。
セルティちゃんなら俺が何を手に取ったのか分かったでしょ?」

『あ、あぁ…コップを掴んで…麦茶を』

「麦茶!?今冬だよ!?一体それだけ昔のものを……あー、確かに麦茶だ。白衣が麦茶くさい…」






俺は手に持っていた過去のものであるコップを元の位置に戻した。

一回瞬きをすると、それは消える。






『でも、どうして私にも?』

「俺がセルティちゃんにも触れていたからですよぉー」

『ほお…便利なんだな!』

「え?」






なにやらうきうきとした感じでPDAを叩き、バッ!と勢いよく画面を見せてきた。

そこに書かれていたのは…






『金や食料に困らない!』


「いや、それは倫理的に…お金は特にね?

それに、今やってみせたように俺と、俺が触れているモノや人にしか見えないんだから」


『…あ、そうか。ん?じゃあ過去の写真も撮れるのか?』

「………っ」

「せ、セルティそれはね!」






新羅がセルティちゃんのPDAを手で無理矢理下ろさせた。


いや、お兄ちゃんバッチリ見ましたよ。

うん、バッチリ見ちゃった、さっきの質問。


昔、新羅も同じ質問をしてきて、好奇心の方が強かった俺は“やってみよう”と軽い気持ちでカメラのシャッターを押した。


その頃は自分の見たい時間というものを選べず、カメラのレンズを通した先は、俺の思っていたモノと酷く異なっていた。






「…今なら、大丈夫だよ」

『いま、なら?』

「……もう、あんなヘマはしないさ。新羅も驚いただろ、アレ」






現実、とは言い難い風景。

カメラを向けた場所が悪かったのか、それとも俺の無意識が悪いのかは分からなかったが


プリントアウトされた写真は、幼い俺や新羅には明らかに悪影響を与えた筈だ。






「まさか、あんなものも撮れるとはね」

『……すまない』

「いや、謝るような事ではないよ?寧ろ、こっちが謝りたいくらいだよ」






あのときの俺が撮った写真には、今俺の目の前にいる女性と同じ顔…正確に言うと首のみが映っていた。

それも、自身の父親と共に。






「よかったら、今、セルティちゃんとツーショット撮るかい?新羅」

『と、撮れるのか!?』

「兄さんなら楽勝だろうね。
まぁ僕はセルティがどんな姿だろうと愛しているから首が無くてもいいんだけど」

「じゃあ、二人の結婚式の記念写真は俺が撮るよ。
ケープは被れないけど、ドレスは着れるだろ?」






混沌入り雑じる空間に身を投じた

時折良心に痛む胸も、“痛み”という概念から開放されやしないだろうか。

 

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