めいん
□君は僕の宝物
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一君は末期の癌です。
もう二度と治らない。治せない。
一生このままで、このまま命が尽きるのを待っているしかないらしい。
「ほら見て、桜の蕾。」
雪のふる寒い冬が去り、暖かな春がやってきた。まだ寂しい桜の木にも、小さなぴんく色の蕾がいくつかついていた。
一君は桜が好きだから、教えてあげたら喜んでくれると思った。
そしたらやっぱり嬉しそうに微笑んで、お礼を言ってきた。
「何それ、一君らしくないね」
一君がお礼を言うなんて、そんなことを冗談めかして言ってみたら一君は少し機嫌を損ねて
10分くらい口をきいてくれなくなってしまった。
いつ俺がお礼を言わなかったんだ、なんて言葉を最後に。
「ごめんごめん、嘘だよ」
ずっと謝り続けたら、やっと、ってくらい時間が掛かったけど笑って許してくれて、
また他愛の無い話を始めた。車椅子に乗っている僕から見れば小さな一君は、淡く笑みを浮かべている。
(いつからこんな笑い方をするようになったんだろう)
前はこんなんじゃなかった。
今の笑い方は、僕は嫌いだ。綺麗で、全て僕のものにしたくなるような可愛い顔だけど、
どこか全てを知っているような、悟っているような笑い方。
"もう自分が長くないってことを、現しているような笑い方"
一君は知っている。
自分が末期癌だということを。それでも、僕の前では笑って心配させないように、といつでも平常を装ってくれた。
ほぼ一日中一緒に居る僕の前では一回も泣いたことは無い。
怖くないはずが無い。辛くないはずが無い。
それでも一君はいつものように話して、怒って、反応に困って、時には笑って。
見ているほうが悲しくなる。だけど一君は辛くても頑張っているのだから、僕だけ泣くのは可笑しいと思った。
本当なら、柄にもなく今すぐにでも泣き出したいくらいなのに。
「総司……、今年も花見をするだろう?」
僕は返答に困った。花見を出来る時まで生きていられるか。
縁起の悪いことだけれど、余命三ヶ月と診断されたのは丁度2ヵ月半前。
言われたとおりなら、もう少しで死んじゃうってことだった。
「……しないのか」
反応の遅い僕を他所に一君は俯きながら零した。
違うよ、一君。絶対にするよ、お花見。だけどね、僕は怖いんだ。
絶対、絶対にないことだろうけど、お花見の約束をして、僕が張り切って全部用意して、
いざしようとして病室に入ったら君はもう起きなくて、目を開けることはなくて。
恐ろしくて、約束をすることが出来なかった。
したくなかった。
「―――するよ。お花見。」
僕は一君に嘘をついた。
"返答が遅れたのは、いつもは僕から誘うのに今回は一君から誘ってきたからだ"と。
そんなわけなかったんだ。一君も分かっていたのだろう。
「そうか、じゃあ約束だ」
それを分かっていてそう言ってくれた一君は凄く大人だと思った。
僕が一君の立場だったら、"嘘つかないで"何て言って怒って、もう死ぬまで寄せ付けなかったと思う。別れるのが怖いから。
だけどそれをしない一君は優しくて大人で。
「うん、約束だね」
小指を一君の細い小指に絡めて、約束をした。
今まで一君が約束を破ったことなんて無かったから、絶対に大丈夫だって自分に言い聞かせた。
そうでもしないと今この時一君に触れていることすら怖くて、逃げ出してしまいたくなったから。
「約束破ったら、殺しちゃうかもよ?」
もちろん冗談。
でもそれを聞いた一君はいつものように、癌だと分かる前のように笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
(あ、前の笑い方)
僕はこの笑みが大好き。呆れているようなのに、どこか愛しげに笑う。
可愛くて好きで、全て手に入れたくなって、でもそのころは可愛いとか好きとかいうと凄く怒った。
そんな一君も全て愛おしかった。
「花見は、絶対にする。それまでは――」
嗚呼、"花見「は」"なんていわないでよ一君。
そんな言葉を聴いたら一緒に居る今だって怖くなっちゃうんだから。
「何言ってるの、一緒に海も行くんだよ!
花火もやるし秋になったらたくさん美味しいもの食べるし、」
必死になってこれからしたいことを口にして、
泣きそうな自分の感情をしまいこもうとした。
「冬になったらクリスマスがあるから、一緒に出かけるんだ。」
そこまで言うと、この前あったバレンタインのことを思い出して、
来年もチョコをもらわないと、なんて思ってそれも口に出した。
「来年も僕にチョコくれるでしょ?
バレンタインが終わったらまた春が来て、桜を――」
もう自分が何を言っているのかが分からなくなって、やっと気が付いたら僕は泣いていた。
涙で歪んだよく見えない目で一君を見たら、一君は驚いたように僕を見ていて、僕は急いで涙を拭った。
僕が泣いて良いわけが無いのに。一君が泣いたときに慰めてあげなきゃいけないのに。
「泣くな…、俺は大丈夫だ」
末期の癌だと聞かされて抗癌剤での治療はしなかった。
かわりに、命尽きるその時まで、少しでも楽に過ごせるための痛みをとる薬だけを投与していた。
だけどそれで辛くなくなるわけじゃない。辛いに決まってる。大丈夫なわけがない。
「あんたが泣いたら、俺まで泣きたくなる」
車椅子を支えにして立って、僕の頬を伝う涙を拭いてくれる。
どうして一君に支えられてるんだろう。僕が支えてあげる、ってあのとき決めたのに。
一君が末期癌だと診断されて、あの現実が受け止められない、とも言いたげな顔を見たとき。
絶対に僕が守ってあげる。せめて死んじゃうまで、絶対に。
だから安心してね、一君。
絶対絶対、僕が傍に居て守ってあげるからね。そう決めたんだ。
*
この前、一君の病状が一気に悪くなった。
もう全然もたないかもしれない、って言われてしまった。
「でも、あの土方さんの言うことだから信用性なんか欠片もないけど」
土方さんとは近藤さんつながりで知り合いで、今一君が入院している病院の先生やっている。
僕と一君は弟(一君は妹としてかもしれないけど)のような存在で。
普段は怖い土方さんも一君には凄く優しくて、周りはそんな土方さんを見て怖がっている。
「態度変わりすぎなんだもん、当たり前だよ」
そんな土方さんが僕は大嫌いだった。
―――いや、そんなこともないかもしれないけど。
とりあえず、一君が土方さんに懐いていることが気に入らない。まあ、僕の方が仲良いけどね!
「大丈夫かなあ、一君」
一君は世界で一番大切な、僕の宝物なんだ。大好きで、大切で。
病院の廊下にあった少し小さな窓。
窓の外を見ればまだ少ししか咲いていないけれど小さな桜の花がぽつぽつと茶色の木の枝を華やかなぴんくで彩っている。
「綺麗だなあ。一君ほどじゃないけど」
ぼそりとつい零れた一言に口を押さえると、土方さんに聞かれていないか慌てて周りを確認した。
何ていったって聞かれていたら恥ずかしいし、土方さんは妹のような存在の一君に対しては過保護もいいとろだから、
一君に近づこうとする害虫は何としても掃おうとする。
「おい」
溜息をついたのも束の間、後ろから肩に手が置かれて吃驚した。
恐る恐る後ろを見ると其処に居たのは土方さんではなくリア充カップルの左之さんと平助君。
「うっわ、なんでこんなところにリア充がいるの。
土方さんかと思って吃驚しちゃったよ」
なんでこんな切羽詰っていてシリアスな場面、っていうのがぴったりなこの時に、
もうなんかオーラが桜色のこの二人が居るのか。
苛々するから帰って欲しいと心から思った。
「一君があんまり状態良くないって聞いたから。
で、総司は何恥ずかしいこと言ってんだよ」
にやにやと馬鹿にしているような笑みで僕を見ながら平助君が口にしたから、
僕は平助君を無視して左之さんに話しを持っていった。
「相変わらず凄い仲良いね。っていうか、歳の差ありすぎ」
歳の差カップルもいいところだ、と言いたい所だけど言わなかった。
仲がよければそれでいいよ。
そんなことを思ったから。
「来てくれたのは嬉しいけど、今は一君寝てるから」
ごめんね、と小さく謝ると二人とも少し残念そうにしていたけど、
お見舞いのお菓子を僕に手渡すと、この後用があるから、と帰っていった。
(リア充どもが…。だったら来なきゃよかったのに)
遠い目をしながら心の中で呟くと、携帯が音楽を流していて、開いてみると親からだった。
たまには帰ってきなさい、とかそんな内容で、余計なことを言わなくていい、なんて思ったけど仕方なく一旦家に行った。
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