さぶめいん

□折原臨也が高いところを好む理由(わけ)
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「あのさあ、俺は人間を愛してる。愛してるけど、静ちゃんは例外なんだよね」

いつものことだけど俺は今静ちゃんに追いかけられてる。
っていうか、追いかけられてもう捕まっちゃった。この馬鹿力野郎、体力も凄いんだから吃驚だよ。

「で、首絞めないでくれるかなあ。死んじゃったらどうするの」

首どころか顔は傷だらけになっちゃったし、本当、俺の"眉目秀麗"を剥奪されたらどうするのって感じ。
でもまあ、静ちゃんには関係ないんだよね、そんなこと。

「池袋に来るなって言っただろ…、覚えてねぇのか手前は」

覚えてるさ。静ちゃんと違って頭良いもん。
でも、来るなって言われて来なくなる人が居たらお目にかかりたいよ。
どうして大嫌いで大好きな相手の言うことを聞かなくちゃいけないのかな、って思うし。

っていうかあんまりだと思うんだけど。
折角静ちゃんの誕生日が近いから少しだけ早いけどお祝いしてあげようと思ってきたのに。

好きで好きで、でも一生相容れないと思ってた相手をやっと手に入れられたのに、
事実上"付き合った"後もこの調子なんだから溜息ものだよ。

まあ、誕生日を祝いに来た、
なんて口が裂けても言えない。

言う気もないけどね。
さっき人間は愛してるけど静ちゃんは例外、なんて言ったのも嘘。
誰よりもどの人間よりも静ちゃんを愛してる。

「苦しいんだけど……」

いつまでたっても離してくれそうに無い無駄に力の強い手。
そろそろ意識も朦朧としてきて、上手く喋れなくなってきた。

―――ああ、これ、重症だ。

脳に酸素がいかなくなって障害でも残ったらどうしよう。
でもそしたら静ちゃんは何だかんだ言って面倒見てくれるのかな。
それなら良いや、なんて思ってるといよいよ本当に意識が遠のいて、何か言ってる静ちゃんの言葉でさえ耳に入ってこなくなる。

最後に考えていたのは、美味しそうに見えたから買ってきたケーキのこと。
静ちゃん、甘いもの好きだし誕生日だからってバースデーケーキ買ったのに。

本当、人の親切を何だと思ってるんだろうね、この人は。
静ちゃんのためだから一番綺麗で高いの買ってきたのに。

そんな大切なケーキは静ちゃんに最初に殴られたときにどっかいっちゃったけど。

あ、もう本当駄目。
なんか頭の中おかしくなってきた―――







                 「!? ―――ノミ蟲!?、おい、ノミ蟲…!」







                              *







「――ん、」

此処何処だろう、なんて思ったら布団の中で、
突然起き上がったせいか眩暈もして頭痛も酷かった。

「起きたのか、一生眠っておけばよかったのによ」

ああもう駄目だ。末期だよ静ちゃん。
何で自分の所為で気絶した人が起き上がったのにまず第一声が其れなのかな。
確かに静ちゃんがそういう人だっていうことは分かってるけど、それでも"起きたのか"で止めて置けばいい話でしょ。

「なんでそんなことしか言えないわけ。
俺は静ちゃんの所為で倒れたんだけど?」

頭痛にも何とか耐えてベッドに座りながら言う。
だけどやっぱり静ちゃんは俺の話なんか欠片も聞いてないみたいで、煙草を吸い始めた。

「ちょ、臭いからやめてよ。俺の肺が悪くなるだろ」

煙の匂いが得意じゃないから咳ごむ。本当、静ちゃんおかしいよ。
おかしすぎるんだよ。

「だったらさっさと帰れ。そんでもう二度と来るな」


(――は? え、ちょっと。嘘でしょ)


さっきからの扱いに我慢できなくなった。なんで俺がこんなこと言われなくちゃならないの。
俺はただ、一応"恋人"という肩書きの相手のためにお祝いをしに来ただけなのに。
なんでそんな扱いを受ける必要があるの。

「―――っとに、何なの静ちゃんは!」

ベッドから飛び降りて持っていたナイフを静ちゃんに向けた。どうせ全然切れないのは分かってる。
でもこうでもしないと俺が納得できない。

「ふざけないでよ!!俺はっ…、俺はね!静ちゃんの誕生日祝ってあげようと思ってっ……」

本当に苛々する、そんなことを思いながらナイフを振り回してみたけど、やっぱり静ちゃんにつくれる傷なんて切り傷くらいで。

「手前…、何泣いてんだ…」

静ちゃんが驚いたように目を見開いたから、俺も驚いた。
なんで自分が泣かなきゃいけないんだろう、って。
だって俺は何もしてないし、泣くことなんて何も無いはずなのに。

「やだっ…、嫌だ、来るな死ね!静ちゃんなんて死ねばいい!!」

全部全部俺の気持ちを踏みにじる静ちゃんなんて死んじゃえば良いのに。
静ちゃん曰く俺は泣きながらベッドの方に戻ろうとすると手をつかまれた。

何でこんなときばっかりそんなことするんだよ。
そんなことされなきゃ本当に心から死んじゃえって思えるのに、静ちゃんはそうはさせてくれない。

無意識だから、余計に性質が悪い。

「折角俺が…、静ちゃんが甘いもの好きだからってケーキを買ってきたのに――」

いつの間にか我慢することもできなくなって思っていたことを全部吐き出した。

「静ちゃんの所為で全部駄目になっちゃって…」

もう涙で顔がぐちゃぐちゃだった。泣き過ぎて何も分からなくなったし、頭の中が真っ白になった。
今日の自分は何かおかしいんだ。
そう思いたくなって、顔を見られるのが恥ずかしくなって、俯いて顔を隠そうとしたけど其れもとめられて。

「ちょっと来い」

自分が止めたくせに今度はベッドに引きずられて、押し倒される。
そうすればいきなり口付けされそうになったから、俺は悲鳴染みた声で"待って"と言ってみた。
すると珍しく俺の言うことを聞いて一旦止まってくれた。

「降りて其処に膝で立って」

俺を組み敷いている静ちゃんを無理矢理ベッドの下に降ろすと膝で立たせ、
自分も起き上がってベッドに座る。

「一生許さないから、覚悟しててよ」

それから、やっと自分の方から静ちゃんに口付けをする。
それは深いもので、甘いもので、一生こうしていたいと思えるもので。
暫くそうしてから離れようとしたら静ちゃんが俺を掴んでそのまま離してくれなくなった。

「ん…、ふっ、」

口内に侵入してくる静ちゃんの生暖かい舌が自分の舌に絡んで、おかしな痺れのような感覚が脳を侵す。
苦しいと背中を叩いてやっと離してくれると珍しく静ちゃんが俯いて謝ってきた。

「――悪ぃ」

ああなんだ、そんな風に謝ってくれるなら泣いた価値があった。
そんな風に思えて、自然に頬が緩んだ。


俺が高いところを好きな訳。
それは、いつもは静ちゃんに支配されている俺もこの時だけは自分が支配をしているように感じられるから。

たとえ少しだけ、1mmだけしか上に立っていなかったとしても、構わない。
少しでもこの時だけは静ちゃんの上にいたい。キスをするときまで屈んで欲しくなんて無い。


(もうこれ以上大きくなんてならないよね、さすがに)


苦笑が浮かんで、小さく溜息をつきながら俺は言った。

「もう一回ケーキ買って来てあげる」

わざと呆れたような笑みを見せて、立ち上がった。




end

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