めいん
□君は僕の宝物
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親からの話は、看護もいいけどたまには帰ってきて休みなさい。
そんなくだらない話。おまけに、
「言ったら悪いけど、その子はもう長くないんでしょう? だったらいつまでも執着していないで、
少しずつでも離れていきなさい。そうしないと貴方も別れが辛くなるわ」
その言葉を聴いた僕は初めて本気で、心の底から両親に嫌悪感を抱いた。
冗談でも言ってほしくない。一君がもう長くないだなんて。
知ってるよ、そんなこと。知ってるけど、なんでそんなことを言う必要があるの。
「本当、最悪。」
一君の病室に行くために、3階まで階段を上っていった。
病室の扉は開いていて、何か騒がしくて、
まさかあのリア充カップルが来てるんじゃないだろうな、なんて思いながら病室の中をのぞいた。
「斎藤!」
一君のことを呼ぶ土方さんの声が病室に何度も響いて、僕は訳が分からなくなった。
訳のわからない吐き気に襲われて、頭が痛くなって、眩暈がした。
頭痛で持っていた一君の好きなお菓子の入った袋を落としてしまって、その音で土方さんや周りの看護婦さんが僕に気がついた。
「総司!お前どこに行ってたんだ――!!」
何処、って言われても。僕だってあんなところ行きたかったわけじゃないよ。
「親に呼ばれたんですよ」
折角聞かれたから答えたのに、僕の返答なんてろくに聞かずに一君の前まで突き飛ばされた。
痛い、なんて文句を言う暇もなく、
僕の目に飛び込んできたのは「0」を示す心電図。
よくドラマなんかで見るあれだ。
「ちょ、っと…一君? 何してるの」
目の前が真っ暗だった。何も見えない何も聞こえない。
きっとこれはドラマのように何か細工をしてあるんだ。だから「0」を示しているんだ。
だって一君がこんなに早く死んじゃうわけがない。
余命宣告の3ヶ月も満たしてないんだよ、今日は。
一君が死んじゃうわけが無いんだ。
放心状態になってしまった僕を土方さんが支えてくれて、
一通り色々とやったあとに二人きりにしてくれた。
硬く、でも柔らかく閉じられた瞼は二度と開くことは無くて、綺麗な蒼の瞳を見ることも無い。
いつもより色白くみえる肌に掛かった黒紫色の髪が映える。
何と呼びかけても返答は無い。
凄く怖かった。
「やだなあ、意地悪いよ一君」
まだ暖かい一君の手を優しくとっても、一君はぴくりとも動いてくれない。
「――って言ったら、"あんたに言われたくない"って言ってくれるんじゃないの」
苦笑の混じった声で僕が言ったら、一君は反応してくれるかもしれない。
そんな淡い、でも強く望んだ思いを孕ませて今度は強く手を握った。
でも動いてはくれなくて、最後には一君の周りが薄暗い群青に染まっている気さえして。
「なんで僕のこと…」
なんで置いて行っちゃったの。
「まだお花見もしてないよ…?」
一緒に花火も見るって。
海にも行って、色々するって。来年もバレンタインにはちゃんとチョコも用意してくれるって言ってたのに。
嘘だったの?
「せめてお花見だけでも守ろうよ…。一君は約束は破らないんでしょ…」
段々と鼻声になっていつもの声が出なくなった。
また僕は泣いているのか、馬鹿みたいだと自分を少し嘲笑ってみる自分が酷く惨めだった。
いつもなら今はもう動かない細い指で涙を拭ってくれる。
だけど今は動かない。
ねぇ、一君。君は幸せだった?
君が亡くなったとき、君は幸せだと感じていた?
ふと窓のほうに視線が行くと、
まだ少ししか咲いていない桜の花が強い風に晒され散っていた。
(花が…。やめてよ、散らないで)
散らないで。お願い。
花弁の散るその姿は、今の僕には悲しすぎる絵だった。
少しだけ開いていた窓の隙間から、待っていた桜の花弁が病室に入ってきた。
その花弁は、一君の開かれた掌に吸い込まれていった。
「あ……」
前、一君が元気だったときに一緒にお花見をしたときもこんなことがあった。
その時僕は、"一君には桜が似合うね"と言った。
桜の花弁を手の中に入れ、それを見つめている一君はとても可愛らしかった。
(辛かったんだ、ゆっくり休んでね)
"また来世で会えたなら、一緒にお花見をしよう。"
ぽたりと零れた涙の雫と、僕の笑みが、その言葉を表していた。
end