めいん

□あふことの絶えてしなくばなかなかに人をも身をもうらみざらまし
2ページ/2ページ



事が起こったのは沖田がおかしいと感じてから半月ほどたったころ。

「また風間が来てるって!」

何も知らない平助が斎藤に言った。

何処か危機感と期待感の入り混じったような声で返事を返した斎藤を、
沖田が見逃すことは無かった。

「僕たちも行かないと。鬼相手じゃ隊士がどんどん死んじゃうよ」

上の空で立ち尽くしていた斎藤に後ろから声をかけ、
腕を引っ張った沖田が呟いた。

「分かってる、」

鬼の力は自分もよく分かっている。
隊士じゃ敵いようもないことも。

わざわざ屯所に来た風間は侵入者を斬ろうと立ち向かっていった隊士を次々と斬り捨て、
既に外にいた原田や平助と戦いを始めていた。

「左之さんたちだっていつまで持つかわからないよ」

いつもの冗談めかした声音に、奥深くに潜んでいた暗い何か。

その"何か"とは、"覚悟"であることを、
まだ誰も知らない。知る由も無い。知らなくて良い。

風間を二度と斎藤に近づけないようにできれば、
故に死を与えられれば、其れが一番良い。
しかしもし自分が負け倒れるのなら、それでも良かった。

どちらにしろ、斎藤を失った自分になどもう守るべきものも無い。
ならば死んでも良いと思っていた。


(一君、泣いてくれるかなあ)


自分でも可笑しな疑問だとは思った。
だけど例えば、自分が亡くなって冷たくなった後、
血塗れになり地面に転がった自分の亡骸に対し何も思わず感じず、そのまま風間と二人で行ってしまったのなら。

そう考えると死がとても苦しくて辛いものに思えた。


「今更だよ、そんなの」


一足先に出て行った斎藤には聞こえるはずも無い小さな声で、
誰にも、自分にも聞こえないくらいの大きさで言葉を落とし、一歩踏み出した。







                             *








「っ―――」

辺りはまさに血の海。
斬り捨てられ既に命を落として幾つも重なり転がっている隊士の身体。

その中に原田と平助もいた。

「左之っ、平助――!」

咄嗟に名前を呼んだものの、流石に原田と平助は死んではいなかったらしい。
まだ息はしていて、倒れているだけのようだった。

「……、」

しっかりと声に反応したのは風間。
かろうじて斎藤の方を見た原田も、出血量は馬鹿にならないだろう。
平助は気を失っているようで反応はしなかった。

「あんたの相手は俺がする」

ゆっくりと刀を抜き、風間に刀を向ける。
それを握る手が微かに震えているのは、本人も風間も、
そして後ろから見ていた沖田も同じようだったが。

「――はっ、お前が俺の相手をするだと? 刀さえ握れないその震えている手でか」

嘲笑う声が耳を刺した。

今は敵なんだ。
今は自分の感情なんかで動いている場合じゃない、そんなことは分かっていたのだが、人間、
そんな簡単な生き物ではないわけで思うように身体は動かない。



(敵、風間は…、敵だ)



短い間だったが彼が優しい瞬間に触れた彼にはそう思うことさせ難しい。
やっとのことで割り切って刀を握りなおしたのに。
これでやっとまともに戦えると思えたとき。

それなのに、彼は風間に気を取られすぎていて背後に気が回らなかった斎藤の後ろにいた、
血に狂った羅刹を斎藤を守るかのように斬り伏せる。

「っ…」

きっと遊んでいるんだ。
自分の気持ちでさえも遊んでいる。そう思った。

そう思わなくては割り切れない。
再び覚悟は緩んで、好意が買って戦えなくなってしまう。

そんな斎藤を見かねたのかただ黙って見ていただけの沖田が割り込んでいった。

「面倒な鬼の相手は僕の仕事。
こんなに隊士斬られちゃ黙ってみてるわけにもいかないしね。
まったく、なんでこんなときに土方さんはいないんだろうね、間の悪い人だ」



風間だけを視界にいれ、
ただ立ち尽くすだけの斎藤を少しばかり強めに押しながら沖田が言った。

我に返った斎藤が驚いたように目を見開く。

「何を馬鹿なことを…っ、俺が―――」

その言葉を最期に、
視界と記憶が闇に飲まれた。







                             *







「っ、」



首に残る鈍痛。
これは沖田が斎藤の気を失わせるために殴ったあと。



「何処だ、此処…」

起きたばかりでまだ目がちかちかする。
当たりがよく見えない。

起き上がるとようやく目もいつも通りに見えるようになって、
見てみると自分は布団に寝ていたことが分かった。


(どうしてだ、なんで――)


自分はあの後倒れて、今まで記憶が無い。
整理しながら記憶を辿っていくと遅くも理解をし、沖田の姿を探した。

此処が屯所でないことは分かった。
見覚えの無い建物の中だったから。

辺りを見回していると襖が開き、風間が入ってきたのを視界に捕らえた。

「風間…? 総司は…」



それだけ問うと、風間は無言で出て行った。
斎藤も付いていこうと身体を起こし、足早な風間に戸惑いながらも歩き続けると外に出た。
其処に一つ、人ひとり入れそうな形大きさに土が他の場所とは異なっているところがあった。

「―――本当はお前が起きるまで埋めるのは止めておこうと思ったんだがな」

それ以上は言わなかった。

普段は見せない優しさだったのだと、斎藤は感じた。
綺麗なうちに埋めておいてやったほうが良いと思ったのだろうと。

「――ありがとう…」

ぽたぽたと零れ落ちる涙は止まることを知らず、堪えようとすればそれだけ零れた。
必死で述べた感謝の言葉も掠れて聞こえていたかは定かではない。

それでも風間は小さな声で返事をし、
泣き崩れる斎藤をまるで触れたら直ぐにでも壊れてしまう何かを扱うかのような優しさで抱き締めた。
それほど、今の斎藤は儚くて脆いものに見えたのだろう。




     (自分の恋は愚かなものだったのだろうか。)




風間も風間だ、と内心思っていた。
いつもはどうしてあんなに冷たく非道なのに、こんなときばかり優しくて自分を逃がしてはくれないのだろう。

好きでいるのが苦しいと思うとは、思っても見なかった。




(こんな思いをするくらいなら、最初から逢うことなど無いほうが良かった。


     こんな思いをするなら、逢うことなど無かったほうが良かった。

         俺の気持ちが総司も自分も新選組も、風間も――)




      後悔の恋がこれほど苦くて辛いものだなんて。

          それなのに風間に優しくされれば敏感に反応する心の甘さは一体何なのだろう。





            いっそ逢うことなど無いほうが良いと、それほどに思えるこの恋は

      恨めしいが恨むべきなのか、愛しいから愛しいと感じるべきなのか、



                  今の斎藤には理解はできないものだった。








end
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ