オリジナル

□雨雲を切り裂いて※
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1.傘の記憶




『傘、ねーの?使えよ』

雨が降る度に思い出す。
その言葉と、自分に向けて傘を突き出した不機嫌な顔。




「雨・・・・・・?」

窓の外から聞こえてきたザァザァという音に、笠原正隆は顔を上げる。ずっと下を向いていたせいで少しズレた眼鏡を、細めの黒いフレームに指をかけて掛け直す。
外を見ると、空はどんよりと暗く、窓には水滴が打ち付けていた。
「え、マジ!?うわ、ヤベー!オレ、傘持ってきてねーや」
向かいに座っていた同級生、高品も、顔を上げて窓の外を確認する。そして、落胆した声を出す。
「あ〜あ、これからデートなのになあ。どうしよ・・・バス停まで走るかぁ」
笠原と高品は、地方の国立大学に通う学生だ。今年、二年生になった。
今は7月の初旬。前期日程も終わりに近づき、長い夏休みがもうじき始まることを考えれば心躍る時期でもあるが、その前に、学生達には超えなければならない苦しみが待ち構えている。
試験である。笠原と高品は、試験勉強のために、大学併設の図書館にやって来ていた。勉強を始めてから既に2時間ほど経っている。
高品はこれから彼女とデートらしい。駅前で待ち合わせだという話だ。
大学から駅まではバスで行けるから、雨はさほど問題ではない。しかし、図書館から大学前のバス停までは歩いて5分程かかる。
この雨では、走ってもバス停に着く頃にはずぶ濡れだろう。高品は窓の外を眺め、眉間にシワを寄せた。

高品の話では、初めて出来た彼女らしい。二年生になったばかりの頃に高品の方から告白した、という話だった。
『オレ、チビだし、高校ん時もモテなかったからさー、めちゃくちゃ緊張したよ』と、高品は笑っていた。
確かに、高品の身長は160cmくらいということだから、男としては小柄な方だろう。身長が180cmを超える笠原は、羨ましいと何度か言われたことがある。
高品は、顔もやや丸みを帯びていて小さい。大きな目と丸い鼻、小さめな口が、子供っぽい印象を与える。
高品の彼女にも何度か会ったことがあるが、高品よりも少し背が低く、全体的にほっそりとしていて、よく笑う朗らかな子で、お似合いの二人だと笠原は思う。
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